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世界照らした兵庫の火 マッチ生産、明治期に主役の座に

時を刻む

明治の草創期からマッチ各社はラベルの意匠を競い合い、国内外で高く評価された

まだ20代のころ、薄暗いバーで酒に酔い、店のマッチですっと火をつけたたばこはことのほかうまく感じた。時は流れ、たばこをやめ酒もめっきり弱くなった。最後にこの手でマッチを擦ったのはいつのことだったか。

日本のマッチ生産の実に7割を担うとされる工場は、兵庫県姫路市の静かな住宅街の中にあった。1923年設立の日東社の本社工場だ。

工場の一室に鎮座する全長12メートルの青銅色の「連続自動マッチ製造機」。55年前に製造された古老はガチャンガチャンと音をたて、ベルトの上にハリネズミの逆毛のように並んだ無数の木の軸に発火性の「頭薬」をちょんと付けて乾かす。1時間に約250万本ものマッチをつくりだす。

連続自動マッチ製造機は1時間に250万本のマッチをつくる(兵庫県姫路市の日東社本社工場)

かつて国内にはこうしたマッチ工場が80ほどあった。市場の縮小で今ではマッチを扱う企業は20社足らずで、このうち一貫生産するのは姫路市に2社、岡山市に1社が残るだけ。生産の約8割を兵庫県で占める。日東社の小林賢司工場長は「自分たちが供給責任を果たさねばという思いはある」と話す。

神戸から姫路へ

明治初期の1875年に東京で始まったマッチ生産は瞬く間に全国に広がり、数年後には関西でも製造が始まる。安価な国産マッチは欧州からの輸入品を駆逐し、程なく中国やアジア向けの主要な輸出品になる。その窓口になったのが神戸港で、お膝元の神戸がマッチ産業の主役に躍り出る。

第1次大戦後、マッチ生産の主舞台は神戸から西の姫路などに移っていく。働き手を確保しやすく、温暖な気候がマッチの乾燥作業に適したとされる。第2次大戦後は経済成長とともにマッチの国内需要が急伸し、1973年に生産量は戦後のピークに達する。

その直後から需要の消失が始まる。ガス器具の自動点火機能が登場し、70年代半ばに使い捨てライターが普及する。「日常生活でマッチを使うシーンがどんどん減った」と日本燐寸(マッチ)工業会(神戸市)の担当者は説明する。

2011年の東日本大震災のあと防災需要で多少盛り返したものの長くは続かない。新型コロナウイルス禍では飲食店や旅館で客に配る広告用マッチの需要が激減し、20年の生産量は戦後ピークの100分の1に落ち込んだ。頼みは仏前の焼香などでの利用だ。

マッチ各社はポケットティッシュなど他の広告商材や不動産といった新事業に軸足を移していく。最大手の日東社でさえ今ではマッチ事業の売上高は全社の2割に満たない。神村昌樹常務は「撤退した他社の事業を引き継ぎながら持ちこたえている。マッチ一筋というのは厳しい」と話す。

新産業に軸足

「マッチ自体は存続できなくても、着火の技術を何かに生かせないか」。神戸マッチ(兵庫県太子町)の嵯峨山真史代表取締役は11年にそう決断する。主力事業だったマッチ輸出は00年ごろを境に減少。デザイン性の高いマッチなどに注力したが焼け石に水だった。

15年、淡路島の線香会社と連携し、軸の部分がお香でマッチの要領で火をつけて台座に置けばアロマを楽しめる「hibi」を開発した。生活雑貨店など新たな販路を開拓し、退路を断つように15年秋にマッチの一貫生産をやめる。

hibiは国内外で話題となる。新型コロナ禍でも巣ごもり消費が追い風となり、この半年は売上高が倍増した。「これで着火というマッチのルーツを残せる」と嵯峨山さん。

4年後に日本のマッチ産業は150年の節目を迎える。燐寸工業会の岡田兼明会長(大和産業社長)は「業界に残る会社のありようはそれぞれ違うが、マッチへの思いを大切にして記念の年に臨みたい」と話す。

明治の草創期からマッチ各社は紙箱のラベルの意匠を競い合い、小さな美術品は神戸のソフトパワーの先駆となった。第1次大戦後に神戸のマッチ会社が化学薬品の知見を生かし新興のゴム履物業に次々と転じたことでゴム工業が発展し、のちにアシックスなどの企業を育む土壌となる。

マッチ製造の職人は高齢化し、製造機械の補修部品は入手が難しい。時代に揺らめくマッチ産業の火勢は心もとないが、その輝きは様々に形を変えて後世を照らしていく。(堀直樹)

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