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薬師寺の仏足跡歌碑 奈良時代に刻まれた仏の教え

時を刻む

仏足跡歌碑と仏足石が安置されている薬師寺の大講堂(奈良市)

奈良市の薬師寺にある仏足跡歌碑には、21首の歌が刻まれている。一字一音の万葉仮名で記され、長い歳月を重ねるうちに摩滅や欠損した箇所もある。歌の作者は不明だが、ひとつひとつの歌を読み解けば、奈良時代の人々が仏教をどう受け入れたのか、素朴な信仰が1200年余の時を超えて伝わってくるようだ。

「タイムカプセル」

雷(いかづち)の 光の如(ごと)き これの身は 死(しに)の大王(おおきみ) 常に偶(たぐ)へり 畏(お)づべからずや

「人の命は電光の短さだ。死神(しにがみ)という大王がいつも人間に寄り添うている。だからいつ死んでも悔いのないように仏道に励め」。詩人の大岡信は「折々のうた」に仏足跡歌の第20歌を取り上げ、こんな現代語訳を付けている。

「仏足跡歌は奈良時代の人たちの仏教理解をじかに届けてくれるタイムカプセルです」。薬師寺の僧侶、高次喜勝さん(33)は子供のころ、仏足跡歌碑を初めて見たときに「なんのこっちゃな」と思った。出家して一首一首を読みだしたら、こんなに面白いものなのかと衝撃を受けた。「奈良時代の人たちの思いが詰まっている」

21首が刻まれた仏足跡歌碑(薬師寺提供)
万葉仮名で記されている(薬師寺提供)

歌碑は高さ158㌢、幅49.5㌢、厚さ4㌢ほどの粘板岩に記され、薬師寺の大講堂にある日本最古の仏足石とともに国宝に指定されている。五七五七七の短歌形式の下に七字一句が加わる仏足石歌体と呼ばれる詠歌スタイルだ。

御足跡(みあと)作る 石の響きは 天(あめ)に到り 地(つち)さへ揺すれ 父母(ちちはは)がために 諸人(もろびと)のために

ブッダの足裏の形を石に彫りつけた仏足石は、姿なき仏をあらわすシンボル。第1歌は仏足石造りの情景を詠じる。「仏足を刻む石の響きが天に届き、地を揺らせよ、その功徳が父母や衆生に及ぶように」

貴重な文字史料

歌の作者は諸説ある。歌碑は仏足石を賛嘆した17首と、現世の生死に迷う心を戒めた「呵責生死(かしゃくしょうじ)」を詠じた最後の4首からなる。江戸時代の国学者、契沖は聖武天皇の后(きさき)の光明皇后がすべて詠んだと唱えた。ただ、亡き夫人の追慕のために仏足石の造営を発願した文室智努(ふんやのちぬ、天武天皇の孫)の作という説が最も有力だ。

三重大学の広岡義隆名誉教授は複数人の作ではないかと推測する。「仮名用法や用語から考えると、序歌、仏足石の発願者、第三者による歌い納め、最後の4首は別人による呵責生死の歌ではないか」

仏足跡歌碑とともに国宝に指定されている仏足石(薬師寺提供)

歌碑の制作年代も定かではない。仏足石には天平勝宝5年(753年)の作と刻まれているが、歌碑に制作年はない。広岡氏は「歌は仏足石の落成記念の宴(うたげ)で詠まれたものと考えられる。薬師寺の仏足石と同時期に造られたと推測するのが穏当では」と話す。

ただ、仏足石と歌碑が当初から薬師寺にあったのかは分からない。薬師寺の仏足石を文献で最初に確認できるのは江戸中期で、そこに歌碑の記述はない。歌碑は薬師寺近くの田畑の溝の橋になっていたものが江戸初期に発見され、薬師寺に運ばれたとも伝えられる。

「万葉集の原本は存在せず、現存しているものは写本にすぎない。一方、仏足跡歌碑は当時の紛れもないオリジナル」(広岡氏)。海を渡って伝来した仏教の教えを、当時の人々が日本語として表現した貴重な文字史料だ。

人の身は 得がたくあれば のりの為(た)の 因(よすが)となれり 勉(つと)めもろもろ 進めもろもろ

「人間として生まれてくることは、ありがたいことだ。だから教えのための縁(よすが)となりなさい。つとめなさい、励みなさい」。高次さんはこの第18歌が最も好きだという。「人間として生まれたのだから、この時間を使わないでどうするの、何をぼやっとしているの。人生賛歌のような響きがあります」

薬師寺では東塔の解体修理が終わり、2021年3月1日から初層内部を一般公開する。多くの人が素通りする仏足跡歌碑だが、参拝の折にはぜひ、そこに刻まれた文字をじっくり味わってほしい。(岡本憲明)

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