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平野佳、4年ぶりオリックス復帰 救援陣再建の切り札

経験豊富な平野佳の復帰はオリックスにとって大きい=共同

オリックスへ救援の切り札、平野佳寿(36)が4年ぶりに米大リーグから戻ってきた。救援陣の崩壊が響き、2年連続最下位に沈んだチームにとって朗報。ペナント争いに絡むチームに姿を変えるかもしれない。

10日の入団会見に丸刈りで臨んだ平野佳は、同じく日本に復帰した楽天・田中将大の話の中で「平野もついでに帰ってきたねと思ってもらえれば」と、意気込みをジョークでかわした。

「ついで」どころの軽い存在ではない。2018年に平野佳が渡米した後、オリックスは日本ハムから移籍した増井浩俊をクローザーに据えてしのいだ。だが、増井に「勤続疲労」が目立った19、20両年は不振。先発要員のディクソンを救援陣に回す苦肉の策も実らなかった。

そこへ平野佳の復帰である。宮崎キャンプに登場した平野佳は、関係者が「復帰の準備をしっかりしてきたのが分かる」と驚くほど元気。米国とは違う軟らかいマウンド、やや小ぶりの日本の使用球に適応した動きを、スムーズに見せたのだ。

球団は復帰を見越したかのように、渡米後のオフの自主トレに便宜をはかった。折しも新型コロナウイルス騒ぎ。不退転の決意で渡米した平野佳も日本復帰を決断せざるを得ない。

渡米するまでオリックスひと筋に12年。6監督の下で投げたが、速球とフォークボールを軸にしてシンプルに押す投球を貫いた。当初は先発組。勝つが負けも多かった。3年目の08年には開幕直後に右肘を手術して、1年を棒に振った。

回復後の10年、救援に転向し、クローザーの直前に投げるセットアッパーで活躍。11年に最優秀中継ぎ投手に輝いた。短いイニングに適応する力を引き出したのは、阪神でJFK(ジェフ・ウィリアムス、藤川球児、久保田智之)の救援トリオを形成した岡田彰布監督だった。

11年から2年連続70登板以上とタフなところを見せた。13年にはクローザーに昇格。翌14年にはパ・リーグ記録を更新する40セーブを挙げてセーブ王に輝いた。渡米するまでの平野佳が最も輝いていたときだ。

投げるイニングは短くても救援組にかかる心身の負担は大きい。15年の平野佳は故障で戦列から3度外れた。クローザーは失敗すると先発組らの勝ち星を消すことがある。これもつらい。

投手陣には山本由伸、宮城大弥、漆原大晟ら若い力が伸びてきた。その成長をバックアップすべきクローザーの責任は重い。オリックスは24年間も優勝していない。そのチームの「胴上げ投手」になることこそ平野佳が言う「恩返し」であろう。

(スポーツライター 浜田 昭八)

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