プロ野球「臨時コーチ」の意味 もう一つの闘いに注目

先ごろ、「音声版ツイッター」といわれるアプリ「Clubhouse(クラブハウス)」をやってみた。オンライン会議のように多くの人たちが同時に会話できるのが利点ということで、娘と次男の3人で話した。会話に入りたい人が現れたら招待できるのも特徴で、すぐに参加を希望してきたのが高木豊。やがて若菜嘉晴も入ってきて、話に花が咲いた。
ここで話題になったのがプロ野球のキャンプ。新型コロナウイルス禍の今年は、事前にPCR検査を受けて陰性証明を得る必要があったり、グラウンドに立ち入れなかったりと、どの球団も厳しい取材規制をしている。そのためか、高木は「今年はキャンプ地には行きません」と言い、若菜も「ソフトバンクにしか行っていない」。私も2月下旬のキャンプ取材で訪ねるのは沖縄の阪神と中日のみだ。
キャンプで良いのは宮崎、沖縄と各チームの拠点が集積していること。宮崎なら「きょうはソフトバンク、あすは巨人」とか「午前は西武に行って、午後に広島を見よう」などと気軽に「はしご」ができる。あまり時間がない場合でも、ちょこっとグラウンドに顔を出して監督に「来ています。今年もよろしく」とあいさつできる。そうやって多くのチームを訪ねて「年頭のあいさつ」を交わすのがキャンプの恒例行事なのだが、感染防止のためグラウンドに降りられない今年はそれもままならない。なんとも寂しい球界の正月だ。
やむなくテレビでキャンプ中継を見ているが、これが案外いいものだ。練習試合で有望な若手の現状を知ることができるし、チャンネルを変えるだけでいろいろなチームの練習を見られる。今年はどのキャンプ地も無観客で、ファンの皆さんは残念に思っているだろうが、テレビ視察も悪くないなと思った。
今年は楽天・石井一久監督、DeNA・三浦大輔監督と、華のある人が新たに監督に就いて注目を集めているが、一部のチームが招請した臨時コーチもなかなかの顔ぶれだ。中日が立浪和義、ヤクルトが古田敦也、ロッテが松中信彦、阪神は川相昌弘。彼らの一挙手一投足に注目している中高年のファンも多いことだろう。

中日とヤクルトがOBの立浪と古田を呼び、ロッテはダイエー(現ソフトバンク)時代に井口資仁監督と同僚だった松中を招いた。意外だったのが川相。選手でも指導者でも阪神に在籍したことがなく、矢野燿大監督とチームメートだったこともない。
阪神は昨年、12球団ワーストの失策数(85)と守備率(9割8分2厘)を記録した。甲子園球場の内野が土であることに弁解の余地を与える向きがあるが、目に付いたのはスローイングのミス。イレギュラーバウンドに気を使うと、捕ったときにほっとするのか、軽率さからの悪送球が目立った。

失策数は3年連続でリーグ最下位。こうなると選手はもちろん、守備コーチの責任も問われてくる中、内野担当の久慈照嘉と藤本敦士両コーチは留任した。若い内野陣を鍛えるには2人が引き続きその役目を負うのが最適と球団が判断した一方で、守備力向上へのカンフル剤が欲しい。そこで白羽の矢を立てたのが、現役時代に堅実な遊撃守備でならした川相。ライバルの巨人で長く活躍した人を招請したところに、立て直しに向けた阪神の本気度がうかがえる。
中日の後輩である立浪とは何度も一緒に解説をしたが、打撃に対する考えがしっかりとあり、中日の選手はいいものをたくさん吸収できるのではないか。古田の引き出しの多さは言わずもがなで、ヤクルトの捕手陣だけでなくバッテリーの強化につながるだろう。
松中から指導を受けたロッテ・安田尚憲のスイングが良くなっていたから、こちらも教えが確かなのだろう。松中は当初、2月12日に終わった石垣島キャンプまで指導を引き受ける予定だったが、その後の沖縄本島での練習試合にも帯同することになったという。安田や藤原恭大ら左打者の育成に、三冠王・松中の指導が有効に働いている証しといえる。

これだけのビッグネームが臨時コーチとして来ると、正規のコーチは身構えるもの。ただ、「自分のテリトリーを荒らされた」とマイナスに受け取るようでは益がない。自身の指導力を上げ、受け持つ選手の指導に生かすチャンスだと前向きに捉えて、臨時コーチにいろいろなことを聞いてもらいたい。話というのは聞かないよりは聞いた方がいい。話を聞いて得るものがなかった、つまりゼロだったということはあっても、マイナスはない。わざわざ球団が招いた臨時コーチともなれば、その話はプラスになることばかりのはずだ。
それこそ臨時コーチを務める4人はプラス思考で己の道を突き進み、実績を残してきた。彼らからいろいろなことを貪欲に吸収し、「来年は臨時コーチを呼ぶ必要はなし」と球団に思わせるだけの指導力をつけられるか。選手だけでなく、コーチも闘いの日々だ。
(野球評論家)