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「格差トレード」に透ける球界発展のロードマップ

3日の試合前の練習で巨人のコーチにあいさつするヤクルト・田口(左から3人目)=共同

いつも驚きを伴うプロ野球のトレードだが、今回は常にも増して驚きに満ちたものだった。3月1日に発表された、巨人・田口麗斗投手(25)とヤクルト・広岡大志内野手(23)の交換トレード。田口の7000万円に広岡の1600万円という推定年俸の格差、開幕まで1カ月を切った段階での交換と、異例ずくめの出来事だった。

発表前日の2月28日、沖縄でのヤクルト―阪神の練習試合で広岡を見たばかりだった。ヤクルト打線は4番村上宗隆の3安打を含め10安打を放ったが、スタメンで出た広岡は3打数無安打。この時期なので結果はともかく、スイングの内容があまり良くなかったので心配していたところに飛び込んできた、トレード発表だった。

巨人の不動の遊撃手、坂本勇人は32歳。まだまだ若いとはいえ、人工芝の本拠地、東京ドームなどで長年遊撃を守ってきたことによる足腰へのダメージは相当なはずで、若手の育成が急務。その有力候補として球団が白羽の矢を立てたのが、長打力を秘める広岡だった。

ヤクルトから移籍し原監督㊧とタッチを交わす巨人・広岡(3日)=共同

編成権を持つ「全権監督」の原辰徳監督が一切を取り仕切ったのだろう。ただ、今回の件では石井琢朗野手総合コーチが一枚かんだとみている。石井コーチは巨人の前にヤクルトで打撃コーチを務め、広岡のいいところも悪いところもつぶさに見てきた。ヤクルトでは打撃の勘所をつかむに至らなかった広岡だが、水のやりようによってはちゃんと芽が出る、との確信が石井コーチにあり、原監督に話をしたのではないかと推測する。

補強の目的以外に、広く球界全体に目を配った末のトレードでもあったように思う。ある年の3月、甲子園に阪神が巨人を迎えたオープン戦に足を運ぶと、当時の長嶋茂雄監督から「田尾君、今年の阪神はどうかな」と聞かれた。「だめです」と答えると、「それじゃあ困るんだ」。ライバルが強ければ、負けまいと自分たちも頑張り、ひいては球界全体の発展につながるという思いが根底にあった。

東京ドームを訪れ、巨人の全体練習を原監督㊨と見守る長嶋元監督(2日)=共同

王貞治さんが一大決心で巨人からダイエー(現ソフトバンク)の監督に転じたのも、パ・リーグを含め野球界全体の繁栄を願ってのこと。その後、監督、球団会長としてソフトバンクを強者に育て上げた事実が、王さんの決断の正しさを証明した。私が沖縄初のプロ野球球団、琉球ブルーオーシャンズのゼネラルマネジャーを務めていたとき、協力を頼みにいくと「よし、わかった」と快諾。そこから「16球団構想」の表明に至った。

そんな長嶋さん、王さんの下でプレーした原監督の心に、球界全体の利益を重んじる思想が流れているのは当然といえよう。セ・リーグ2連覇中の巨人に対し、ヤクルトは2年連続最下位。拭いがたい戦力差を縮めてセ・リーグを活性化したいという思いが、2桁勝利2度の田口を交換要員に選んだ理由の一つだったのではないだろうか。巨人が日本シリーズで2年続けてソフトバンクに0勝4敗と屈し、セ・リーグ全体の底上げが喫緊の課題であることも「格差トレード」の一因とみている。

宮崎キャンプで工藤公康監督㊧と練習を見守るソフトバンクの王球団会長(2月7日)=共同

株をやる人からこんな話を聞いたことがある。持っている会社の株が少し上がったので売ったところ、後にさらに上がった。ただし、そこで「もう少し持っておけばよかった。なんで売ったのか」と思ってはいけないという。「自分が売った後に買った人ももうかってくれるのだからよかった、と思えなければいけない」。株価が頂点のときに売れば自分はもうかるが、買った人はマイナスになる。それではいけないというのだ。

実績ある田口のこと、ヤクルトで持ち場を与えられ、巨人で2桁勝ったころの輝きを取り戻すかもしれない。そうなれば「なんで田口を出したんだ」という声が出てくるだろうが、批判を甘んじて受け止め、耐えることができるのが原監督。近年くすぶっていた教え子が水を得た魚のごとく活躍すれば、むしろ「よかったな。いいトレードだったな」と思うだろう。そこから「田口を打つには」と策を練り、田口は田口で「抑えて古巣に恩返しを」とさらに頑張る。そうして互いに高め合うことこそ勝負の世界の醍醐味といえる。

どのチームの選手かという以前に、大きく見れば誰もがプロ野球選手であり、野球人。力のある野球人を埋もれさせてはいけないという観点が、上に立つ人には必要だ。力がありながらチーム事情から出場機会が少ない選手を、他チームを利さないようにと「飼い殺す」のは了見が狭い話。相手のメリットにもなることは何かという視点で物事を考えていけば、巡り巡って自分にも幸せが訪れるというものだろう。

(野球評論家)

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