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「走り込み」の正しい理解を 適度な疲労が伴走者に 

ランニングインストラクター 斉藤太郎

2~3時間たってもペースを維持できるスタミナをつくることに重きを置く

サッカー審判のトレーニングに帯同したグラウンドで、女子ハンマー投げのトップ選手が練習していました。投げては拾いにいき、間を空けずにまた投げる。一投に5分はかかっていなかったと思います。我々が昼休憩の後に午後練習を始めたときにも、まだそれが続いていたのには驚きました。話を伺うと、この日は5時間投げ込む練習とのこと。本数を先に設定すると間延びや集中のひずみが生じるのでしょうか。シーズン前の基礎力を高める行程を経ることで、質が高まっていくのでしょう。

よく「ためをつくる」と言います。剣作りでいえば、熱して赤くなった鉄を何度もたたいて強くする工程。マラソンでは「走り込み」がそれに当たります。フルマラソンに向けて、それぞれのスタイルで集中的にトレーニングに励むことになりますが、そもそも「走り込みとはこういうことだ」といった確証がなく、半信半疑のままに取り組んでいる方は多いのではないでしょうか。

走り込みの定義は後述するとして、まずは私自身のスタイルとして、冬にフルマラソンを控えてメニューを組む際に設ける2つの走り込み期を説明します。

<1>夏場

蒸し暑いこともあり、ペースを落として長時間走るメニューが中心。山登りや長時間ウオークなども含めます。その先に待つ実戦練習に耐えられる体をつくるべく基礎力強化を意図した内容です。練習レースを重ねたり、ペースを上げた練習を繰り返したりする中で壊れない体をつくります。

<2>秋から冬にかけて

涼しくなるにつれてレース想定ペースを意識した練習を取り入れます。メイン練習と、前後のウオームアップやクールダウンを含めて距離を増やします。谷間の疲労抜きジョギングの日にも「もう10分長く走ろう」といった感じで距離を踏みます。これらにより、スタミナを持続しペースを維持する能力、粘り強さが身につきます。

パフォーマンスと疲労

質の高い練習で負荷をかけると持久力やスタミナといった身体能力は高まります。半面、蓄積した疲労がブレーキをかけて、本来持っている能力を引き出せない状況になります。「疲れが残っていてペースを上げられない」という経験は誰しもあるはずです。

速いペースで走りたくて極端に練習量を減らすと、疲労が抜けてフレッシュになり、持っている力を引き出しやすくなりますが、ここが落とし穴。休んだことで身体能力は低減してしまいます。「練習では良いタイムだったのに、本番は早い段階でスタミナ切れした」という反省の裏にはこのパターンがあります。

マラソンの場合、体の軽やかさよりも、走り出して2~3時間経過してもペースを維持できるスタミナに重きを置くようにします。トレーニングで疲労が蓄積している状態でも、練習量を落としすぎることなく、じっくりと継続して走る。これが「走り込み」です。

もう少し掘り下げてみます。全力で追いこむような練習は料理に例えると強火調理です。そんなテンションの練習ばかりを日々こなすことは不可能です。頑張って苦しめば苦しむほどよい。そんな走り込みスタイルはやがて行き詰まり、体を痛めつけるだけの誤りです。気をつけてください。

体には疲労が蓄積していて、スピードは上がりにくいことを自覚した上で、程よい距離とペース設定をしながら取り組みます。中火や弱火の練習を基調に、時々強火の練習をスパイスのように取り入れる。たとえもっとペースを上げられそうな場合でも、長期にわたる走り込み計画に沿って、持続可能なペース配分をする。あえて中火で走る練習を取り入れてください。

ダメージとパフォーマンスの関係

練習量を減らして疲労が抜けた状態で頑張る走り方は、その場では潜在する力を引き出せて好タイムで走れます。ですが、ダメージが深く、以降は調子が低下する傾向があり、回復に時間がかかります。

疲労が残っている中で頑張る走り方は、潜在する能力を十分には引き出せず、ペースは上がりません。ただ、ダメージは浅く、引きずることなく速やかに次の高負荷練習へと移行できるメリットがあります。

どんなに忙しくても走る時間を捻出し、空白期をつくらないことが大切

理想の走り込みとは、後者のサイクルを数週間から2カ月程度続け、筋繊維を強くし、長時間走る能力を高めることです。走り出しは重いけれども、距離が進むにつれて体の切れが出てくる。そんな兆候が現れたら順調のサインです。

「5㌔×8本」とか「1㌔×30本」というトップ選手たちのメニューを聞いて驚くことがあるかもしれません。ですが、そうしたメニューのすべてを強火で走っているわけではありません。疲労を抱えながら、マラソン想定ペース、もしくはそれよりやや遅いペースで走っています。疲労が蓄積している状況で40㌔を続けて走るのは無理があります。そこで、セグメントに分け、短い距離に区切ることで集中力を保つ。そのようにしてどうにかペースを落とさず走れる形を取っているのです。

走り込みを経て、レースまで残り3週間あたりからは調整練習。徐々に練習量を減らし、培ったスタミナを維持しながら、体の奥深くにある疲労を丁寧に抜いていくことになります。

一般ランナーの走り込みの例を挙げます。

・日々の距離走の量を10分程度増やす
・練習回数そのものを増やす(例:週3日→週4~5日、週末は朝夕の2回走る)
・すき間時間に走ったり歩いたりする。座りっぱなしの時間を減らす
・フォームが崩れて腰が落ちてこないように気を付ける

ジョギングの途中で「100㍍快調ラン×5本」を入れたりするといいでしょう。

好ましくない走り込みとしては次のようなものがあります。

・週末に猛烈に頑張るが、平日はほとんど走らない、歩かない
・良いペースで走る強火練習にばかり取り組む

「土日にしか走れないのですが、どうしたらマラソンで快走できますか?」という質問を受けることがありますが、答えに窮します。どんなに忙しくても日々、走る時間を捻出し、空白期をつくらないことが大前提です。マラソンを走ったことがある方は30㌔以降の疲労を思い出してください。あの辛さと対峙できる真のたくましさを、適切な走り込みによって培っていってください。

さいとう・たろう 1974年生まれ。国学院久我山高―早大。リクルートRCコーチ時代にシドニー五輪代表選手を指導。2002年からNPO法人ニッポンランナーズ(千葉県佐倉市)ヘッドコーチ、19年理事長に就任。走り方、歩き方、ストレッチ法など体の動きのツボを押さえたうえでの指導に定評がある。300人を超える会員を指導するかたわら、国際サッカー連盟(FIFA)ランニングインストラクターとして、各国のレフェリーにも走り方を講習している。「骨盤、肩甲骨、姿勢」の3要素を重視しており、その頭の文字をとった「こけし走り」を提唱。エッセンシャル・マネジメント・スクール特別研究員。著書に「こけし走り」(池田書店)、「42.195キロ トレーニング編」(フリースペース)、「みんなのマラソン練習365」(ベースボール・マガジン社)、「ランニングと栄養の科学」(新星出版社)など。

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