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「イチロー…」の名調子が源流 スタジアムDJ誕生30年

とことん調査隊

スポーツの試合の演出に欠かせない男性スタジアムMCは様々な競技に浸透しているが、発祥はプロ野球のオリックスとされる。かつては女性の独壇場だった場内アナウンスの世界に、いかにして男性が入っていったのか。

1990年6月、オリックス球団の営業広報部副部長だった松崎勉さんは米国に滞在していた。88年11月に親会社が阪急ブレーブスを買収して誕生した球団は、91年に本拠地を西宮球場からグリーンスタジアム神戸(現ほっともっとフィールド神戸)に移すことが決定。移転の目玉づくりにと米大リーグ11球団などの球場を視察していると、ふと場内アナウンスが耳にとまった。「男性の声だ」

日本のウグイス嬢とは一味違うテイストが妙に腹に落ちた。本拠地移転を機に「スタジアムのプロモーションを全部変えよう」と考えていた松崎さんは、迷わず男性のアナウンスの導入を決めた。

帰国後、公募に応じた一人にディスコDJの木村芳生さんがいた。西宮球場での4次審査。アナウンサーやラジオ司会者ら約20人が参加した中、木村さんは「場違いかな」と戸惑いつつ選手紹介の試験に臨んだ。「サードバッター、ミスター・ダイナマイト、ブーマー・ウェルズ!」。他の参加者とは異質なアナウンスを聞いた松崎さんが歩み寄って言った。「5次審査も来てよ」

その後も選考が続き、最終の10次審査に呼ばれたのは木村さんのみ。京都のディスコでチーフDJを務めるなどして磨いた当意即妙のパフォーマンスが、松崎さんらが思い描く「ボールパーク」のイメージと合致し、91年、球界初の「男性スタジアムDJ」のデビューに結実した。

ターンテーブルとミキサーを持ち込み、自ら操作して選手ごとに違う洋楽を登場曲として流す。選手紹介は「レフトフィールダー、ヤスオ・フジイ(藤井康雄)」と英語式に。「DJ KIMURA」の斬新な演出で、グリーンスタジアム神戸を巨大ディスコのような異空間に仕立てた。

94年にイチロー選手が1軍に定着、安打を量産し全国区になった。「ファーストバッター、ライトフィールダー、イチローー・スーズゥーキ!」。本名の鈴木一朗から変更したイチローの登録名が木村さんの英語アナウンスにマッチ。和歌山放送アナウンサーから球団職員に転じ、木村さんと球場演出を担った大前一樹さんは「イチローとのコラボで彼のアナウンスがスタンダードになった」と振り返る。

球場の売り子らの制服を、地元神戸に本社を置くワールドが手掛けたデザイン性の高いものに統一したり、試合後に観客をグラウンドに入れて花火を打ち上げたりと、91年に「オリックス・ブルーウェーブ」に名を変えた球団はほかにも新しい波をつくり出していった。「阪神と同じ場所(兵庫)でファン層を広げるのは難しい。そこで色々な仕掛けをした」と松崎さん。

その先進性は前身の阪急に通じると、現在はフリーアナウンサーの大前さんはみる。「阪急も西宮球場のスクリーンに選手の顔を表示したりと新しいことをやった。未開の箕面や宝塚で電車を先に通して後から住宅地を造った、阪急電鉄の小林一三さんに通じる新しさ。さらに言えば、その創始者のスタイルはオリックスの宮内義彦オーナーと共通しているとも感じる」

木村さんの球界デビューから今年で30年。現在オリックスのスタジアムMCの神戸佑輔さんなど、木村さんに憧れて声の仕事に就く人は多い。今は映像制作のレオナルズ(大阪市)社長の木村さんは「僕のDJが良かったとかではなく、たまたま一番にやらせてもらったので基準のようになったのかな」と話すが、一世を風靡した名調子は後進の範として、今も様々な競技の場内演出に生かされている。

(合六謙二)

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