/

落語の「江戸」「上方」 似て非なる? 笑いの違い反映

とことん調査隊

天満天神繁昌亭(大阪市)で落語を聴いていると、ある演目の下げ(落ち)が以前東京で聴いたものと違っていた。早速知り合いの噺(はなし)家に聞くと、上方落語と江戸落語は成り立ちが異なり、元は同じ演目でも題名や登場人物、展開や下げまで変わることがあるという。東西の落語の違いを探った。

まず繁昌亭初代支配人で現在はアドバイザーを務める恩田雅和氏を訪ねると「落語は戦国時代に大名らに世情を伝える御伽衆(おとぎしゅう)がルーツといわれ、江戸がお座敷芸、上方が大道芸として発展した」と教えてくれた。江戸は屋内でじっくりと噺を聴くので「文七元結(ぶんしちもっとい)」などの人情噺が目立ち、上方は社寺の境内で人の気を引くため「牛ほめ」などの滑稽噺が多い。

成り立ちの違いは演出にも影響する。江戸は大正期まで出ばやしがなく、噺家の道具も扇子と手拭いのみ。上方は「野外で人を集めるため出ばやしがあり、ハメモノ(三味線・鳴り物の演奏)で盛り上げることが多い」(恩田氏)。噺家が場面転換時に小拍子をカチッと鳴らすのも特徴だ。

「雨あがったな。こないはよ晴れると思わんかったなあ。みんな仕事に行きそびれてしもたやないか。お金ないし、花見にでも行こか」

「貧乏花見」の冒頭部分を、情感豊かに演じてくれたのは上方落語協会副会長の桂米団治だ。明治から大正にかけて三代目柳家小さんらにより多くの上方の演目が江戸に移植され題名、展開などが変えられた。例えば「貧乏花見」は貧乏人が喧嘩(けんか)に乗じて花見の酒と馳走(ちそう)をせしめる噺だが、江戸の「長屋の花見」は貧乏でも風流心を忘れずにという展開だ。

「江戸は徳川幕府のお膝元。権威や肩書が重視されるので、大家が『みなさん花見はどうですか』となる」と米団治。「上方は庶民主導で花見に行き貧乏を笑い飛ばす。肩書や権威にとらわれず登場人物も同じ目線」と解説する。

こうした異なる文化について、笑いの違いから鋭く切り込むのが若手の桂咲之輔だ。「上方の登場人物はボケとツッコミ。これが漫才にもつながった。江戸は理屈で笑いをとる」と説明してくれた。

例えば上方の「時うどん」は江戸の「時そば」だが、両者の登場人物や展開は異なる。「時うどん」では知恵の働く兄貴分と弟分がツッコミとボケのやりとりをしながら勘定をごまかすが、「時そば」は勘定をごまかす男を別の男がまねをする内容となり、2人の男は関わりを持たない。

「上方は江戸をライバル視しがちだが、江戸に助けられた時もある」というのは笑福亭喬介だ。上方は大正時代から昭和前半に漫才人気に押され、ほとんど寄席もできず危機的状況に陥った。「この時東京の寄席が上方を取り上げ、演目を残してくれた」

喬介が得意とする上方の「へっつい幽霊」の上演時間は本来30~40分だが江戸では20分程度。「時間が限られる寄席にかけるうちに短くなったのかもしれない」と推測する。下げは幽霊らしく「足は出しまへん」だが、江戸は「てら銭」にかけて「てらが欲しい」となる場合も。これについては「上方の方がいい。幽霊が成仏できない」と笑う。

最近は東西交流が広がり、両者の違いも見えにくい。だが、江戸と上方の完全な融合はないとみるのは広島大学大学院人間社会科学研究科の西村大志准教授だ。「それぞれに良さがあり、地域の社会構造、コミュニケーションの仕方など多様な所に由来する。大本の違いは言語以上の部分で維持される」と指摘する。

「江戸の『粋』や上方の『もっちゃり』は残ってほしい。落語文化は一極集中では活性化しないと思う」と西村准教授。上方と江戸の切磋琢磨(せっさたくま)があってこそ落語は面白い。

(浜部貴司)

すべての記事が読み放題
有料会員が初回1カ月無料

関連トピック

トピックをフォローすると、新着情報のチェックやまとめ読みがしやすくなります。

セレクション

トレンドウオッチ

新着

注目

ビジネス

ライフスタイル

新着

注目

ビジネス

ライフスタイル

新着

注目

ビジネス

ライフスタイル

フォローする
有料会員の方のみご利用になれます。気になる連載・コラム・キーワードをフォローすると、「Myニュース」でまとめよみができます。
新規会員登録ログイン
記事を保存する
有料会員の方のみご利用になれます。保存した記事はスマホやタブレットでもご覧いただけます。
新規会員登録ログイン
Think! の投稿を読む
記事と併せて、エキスパート(専門家)のひとこと解説や分析を読むことができます。会員の方のみご利用になれます。
新規会員登録 (無料)ログイン