/

豪商淀屋の米市継承なるか 蔵屋敷からデリバティブへ

時を刻む

豪商、淀屋が17世紀前半に大坂で始めた米市。現物取引だけでなく、世界にほとんど例のないコメの先物取引も行った。幕府や諸大名などが米市の周辺に蔵屋敷を造り、大坂は「天下の台所」として繁栄する。現在大阪で試験上場中のコメの先物は今夏、本上場か廃止かが決まる。淀屋が米市に込めた市場安定化への思いは、果たして受け継がれるのだろうか。

井原西鶴が著した「日本永代蔵」巻一に江戸期の米市の記述がある。「惣じて北浜の米市は、日本第一の津なればこそ(中略)売る人有り、買ふ人有り。一分二分をあらそひ、人の山をなし、互ひに面を見知りたる人には、千石・万石の米をも売買せし」。大阪は日本一の港なので全国からコメが集まり、大勢の人が相場の高低を争って大量に売買しているという内容だ。

江戸初期の大坂経済は冬の陣、夏の陣で大きな打撃を受け京、堺、伏見の後じんを拝した。そこに現れたのが淀屋だ。2代目言当の時代になると、各地のコメや特産品を集荷。特に加賀藩のコメは豪商の北風彦太郎と協力し、西廻(まわ)り航路の先駆けとなる海上ルートで輸送した。野菜・果物の青物市場と魚の雑喉場(ざこば)魚市場の立ち上げに携わり、店先で米市を活発に行った。

品質と価格を安定

民間グループの淀屋研究会が淀屋の功績で第一に挙げるのが「品質・価格安定のための米市設立と運営」だ。「米市や1697年に米市を継いだ堂島米市場では、帳合米(ちょうあいまい)商いと呼ばれる組織的な先物取引が世界に先駆けて行われた」というのは同会の大江昭夫会長だ。「大坂の相場は全国の基準となり、旗振り通信等で短時間で全国に伝えられた。コメの価格と流通に安定をもたらした」と話す。

米市や堂島米市場が価格の安定に寄与したことは江戸時代の相場から見て取れる。例えば1780年代の天明の大飢饉(ききん)。一時的に一石160匁(もんめ)近くまで上昇するが、やがて40~80匁の価格帯に収まる。他の飢饉も同様に一時的な高騰後に収斂(しゅうれん)が起きている。

こうした価格推移は現在でもよく見られる。米国の原油や小麦等の先物価格が中東情勢や天候で一時的に高騰、急落しても、その後は一定範囲に収まりやすい。これは先物の機能の一つで、需給を映した売買注文が約定(売買の成立)し適正価格を見つける「価格発見機能」が発揮されているためだ。米市や堂島米市場では既に「価格発見機能」が働いていたことになる。

「諸大名がコメの在庫量以上に(証券化した)米切手を発行し、藩財政の資金を調達したことで金融市場の発展にも貢献した」と指摘するのは神戸大学経済経営研究所の高槻泰郎准教授。金融市場で力を蓄えたのが米切手を扱う米仲買人だ。「米仲買人として財を成した豪商、加島屋久右衛門が大名貸しに専従し、メインバンクのような役割を果たしたケースもあった」(高槻准教授)という。

国際指標も視野

大阪府が国際金融都市構想に名乗りをあげたが、金融市場の発展には現代版米市ともいえる取引所ビジネスの拡充が欠かせない。コメ先物を試験上場する大阪堂島商品取引所の岡本安明理事長は「コメの輸出が増えれば堂島の相場は国際指標になり得る。関連ビジネスが広がり国際金融都市に貢献できる」と力を込める。

堂島商取の月間売買高がここに来て上向いてきた。取引システムを刷新して「新潟コシ(新潟県産コシヒカリ)」などの産地特定銘柄を上場。4月からの株式会社化など一連の改革が功を奏している。2月の月間売買高は前年同月の2.9倍の6万1052枚(枚は最低取引単位)と7カ月連続のプラスになった。

「デリバティブの原点を作った淀屋と大坂商人の心意気を守りたい」と岡本理事長。農林水産省は本上場か廃止かを8月に決める見通し。大阪の未来を占う試金石になる。

(浜部貴司)

春割ですべての記事が読み放題
今なら2カ月無料!

セレクション

トレンドウオッチ

新着

ビジネス

暮らし

ゆとり

新着

ビジネス

暮らし

ゆとり

新着

ビジネス

暮らし

ゆとり

フォローする
有料会員の方のみご利用になれます。気になる連載・コラム・キーワードをフォローすると、「Myニュース」でまとめよみができます。
春割で申し込むログイン
記事を保存する
有料会員の方のみご利用になれます。保存した記事はスマホやタブレットでもご覧いただけます。
春割で申し込むログイン
Think! の投稿を読む
記事と併せて、エキスパート(専門家)のひとこと解説や分析を読むことができます。会員の方のみご利用になれます。
春割で申し込むログイン