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遭遇した刺傷事件を再現、村川拓也が新作「事件」

文化の風

「事件」制作の過程として2月に春秋座で行われた実験公演=前谷 開撮影

ドキュメンタリーの手法を演劇に取り入れる演出家、村川拓也が新作「事件」を制作中だ。これまで、実際に介護士として働く人を舞台に上げて現実の介護現場を再現するなど、日常を切り取る作品を多く作ってきた。今回扱うのは、3年前に自身が自宅近くのスーパーで遭遇した刺傷事件。この時強く意識したという日常への違和感を描く。

スーパーを再考

3年前の昼下がり。幼い娘をおんぶして、スーパーの総菜売り場で遅い昼食を探していると、悲鳴が聞こえた。声がしたレジの辺りに行ってみると、男が「刺しよった、刺しよった」と連呼し、床には血だまりの中に人が倒れていた。娘も一緒だから、ただただ恐怖だった――。

そう事件を振り返る村川。衝撃的な体験を機に、スーパーやショッピングモールという場について改めて考えるようになった。日常を象徴する場所としての親しみの一方、かねて感じていた消費意欲をあおられ、物を買わされているような違和感。今回の作品ではそんなスーパーを巡る思考や思い出も交えながら、事件の現場となった店内が再現されていく。

村川の作品は海外の芸術祭にも度々招かれるなど、高く評価されてきた。作品の強度を支えてきたのが、専業の俳優ではない当事者を舞台に上げて現実を再現していく手法だ。障害者介護を扱った代表作「ツァイトゲーバー」では実際に介護現場で働く男性が、客席から募った1人の観客を障害者に見立てて日々の介護を再現した。

まばたきでしか意思表示ができない障害者とのコミュニケーションは、介護士が「あ、か、さ、た……」と声に出し「た」でまばたきがあれば「た、ち、つ……」とタ行の文字を探す。その繰り返しが文章になる。何が食べたいかを尋ねて料理を作り、合間に他愛のない会話も挟まる。

1時間強、観客はそれを見続ける。一見淡々とした作業のようなやりとりの中に濃密なコミュニケーションを発見する。互いの配慮、遠慮、親密さが生まれる様子。当初は相手の意図を先回りするように効率的に交わされていた言葉と、終盤に介護へのお礼を伝える「ありがとう」という5文字の差異。にじみ出る感情や身体性によって生まれるリアルさを村川は「舞台に根拠がある」と表現する。

演出家の村川拓也

出演者の体験取り込む

新作では扱う事件の性質上、当事者の出演は難しい。俳優の演技というフィクションの要素が必要になる。制作の過程で、犯人が犯行に至る経緯を想像し一本の物語にすることも考えた。しかし、これまで出演者の実際の体験や言葉を作品に展開してきただけに「ゼロから世界をつくるフィクションの自由さにはどうしても作品を支える『根拠』が見いだせなかった」。

試行錯誤の末にたどりついたのが、俳優たちのスーパーにまつわる個人的な体験を取り込む手法だ。買い物の思い出や総菜売り場でのアルバイト経験などを身ぶりやセリフにして作品内にちりばめる。「根拠」を俳優自身から引き出した。これにより、事件現場のスーパーがドキュメンタリーとフィクションのはざまで立体的に再現されていく。

新たな手法も使いながら制作された作品には全編を通して事件の予感、不穏さが漂う。底流をなすのが、スーパーにいる時に覚える自分の意志とは違うものに動かされているような違和感だ。普段は覆い隠され意識されることのないグロテスクさが、事件によって生じた日常の亀裂から顔をのぞかせた。「事件を念頭にスーパーを捉え直し、再現することで、そんな感覚を描けるのではないか」と村川は話す。14~16日、京都芸術劇場・春秋座(京都市)で。

(佐藤洋輔)

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