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忘れられた音楽家、実像追う学者のルポ(書評)

「バイエルの刊行台帳」

小野亮祐・安田寛著 音楽之友社 2500円(税別)

ピアノ教室に通っていた人ならば、バイエルという名前に聞き覚えがあるだろう。19世紀に刊行され今も実用されている子ども向けの教則本の名前だ。だが本は有名な割に、その作者である音楽家バイエルの実態はほぼ知られていない。

著者は2人の音楽学者。そのうちの1人がバイエルの実態を調査するためドイツを訪れた記録が本書だ。

調査の舞台となるのはバイエルの楽譜を刊行したドイツの楽譜出版社、ショット社だ。著者は同社の楽譜の発行部数が年ごとに記録されている刊行台帳をもとに、教則本をはじめとしたバイエルの楽譜の正確な売れ行きを調べ始める。数字から読み取れるのは、バイエルの売れっ子ぶりだ。教則本の1900年までの発行部数は6万部。ほとんどの楽譜が初版25~50部で1~2回増版したら終わりという時代に、ベストセラーといえるだろう。それほど売れた音楽家だが、作品の芸術的価値が疑問視され死後急速に忘れられた。

調べるうちに、台帳に不自然な点が出てくる。バイエルが編曲したワーグナーのオペラの楽譜が存在するのだが、そのオペラが完成した時には既にバイエルは死んでいたはずなのだ。著者は未公開のバイエルの楽譜に残された痕跡から、父のゴーストライターを務めていた息子の姿にたどり着く。楽譜には、早くに亡くなった父への敬意を感じさせるつつましやかなサインが残されていた。

本書は読者にバイエルという音楽家を紹介する一冊であると同時に、学者が先行研究の乏しい分野で苦心して調査研究に励むルポルタージュでもある。楽譜出版社やミュンヘン国立図書館など、現場に足を運び資料探しに悪戦苦闘する著者の姿からは、バイエルの音楽を愛した19世紀の民衆の姿も浮かび上がってくる。

(山本紗世)

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