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専門の枠を跳び越す探究心 寿岳文章の業績たどる展覧会

文化の風

向日市文化資料館で開催中の「寿岳文章 人と仕事」展。寿岳が収集した各地の和紙の資料を一覧できる。

英文学、書誌学、和紙研究――。幅広い分野で業績を残した寿岳文章(じゅがく・ぶんしょう、1900~92年)の生涯をたどる特別展が京都府向日市の同市文化資料館で3月21日まで開催されている。市内に残る邸宅「向日庵(こうじつあん)」の遺蔵資料には専門領域にとらわれず探究心を自由に羽ばたかせた姿が刻まれ、学問とは何かを見るものに語りかける。

生誕120年にあたる昨年、英文学や工芸美術史、近現代史の研究者らが向日庵資料の一部を改めて調査。特別展「寿岳文章 人と仕事」に成果が反映されている。調査を統括した中島俊郎・甲南大名誉教授(NPO法人向日庵理事長)は「学者も芸術家もまずは人として誠実に生きるべきだ、との考えが10代から90代まで変わらなかった。この人を見よ、という思いが湧く」と語る。

思索示す日記や書簡

会場にまず並ぶのは思索の行程を示す日記や多くの書簡など。思想家、柳宗悦との親交を物語る手紙のほか、海を越えて飛び交った書簡も多い。英文学者としては英国を代表する詩人・画家のウイリアム・ブレイクの研究が知られる寿岳は「実は生涯に一度も渡航したことがなかった。1929年にまとめたブレイクの書誌は世界的に高く評価されたが、海外の学者の知見に基づいた当時の最新情報を集めてなし遂げた驚異的な研究だ」と玉城玲子館長は説明する。

蔵書を記録した図書原簿には書名やページ数、発行所、体裁など約2万冊分のデータがびっしり書き込まれ、緻密な人柄が浮かび上がる。その書物への愛情は書誌学へと発展した。展示ケースの中でひときわ目を引くのが、本の美を追究した寿岳が自ら刊行した「向日庵本」と呼ばれる私家本の数々。染織工芸家の芹沢銈介が装丁した本もあり、ながめるだけで楽しい。

和紙の伝承と振興に尽力

隣の展示室は趣ががらりと変わる。様々な手すき和紙のサンプルが産地ごとに標本ケースに収まり、寿岳による調査記録とともに紹介される。寿岳は西洋の手すき紙を調べるうち和紙に魅了された。37年から3年がかりで全国の産地を調査。師事した言語学者の新村出とともに中世の武家に重用され一般名詞化した「杉原紙」を研究し、その源流は現在の兵庫県多可町と突き止めた。

衰退しつつあった和紙の伝承と振興に尽くしたのも功績とされる。寿岳が収集したこれら資料は現在、多可町の和紙博物館「寿岳文庫」が収蔵しているが「一堂に展示するのは初めてでは」と玉城館長は説明する。

寿岳文章(1985年ごろ)NPO法人向日庵提供

戦後は関西学院大や甲南大で英文学の教授を務めつつ、文化人として活躍。新聞や雑誌への寄稿は2千を超し、自ら整理しスクラップブックに収めていた。翻訳家・文筆家の妻しづと二人三脚で取り組んだ仕事も多い。

「文学、美術、工芸、これらすべての問題とからみあって、私の生活内容となる」「何が専門で、何が余技かなどと言う問題は全く存在しない」。捉えどころがないように見える自らの研究を寿岳はこう述べ、晩年には「学問の専門が細分化され、全体を見る視野がせばめられている。統合していく努力をしなくなった」と苦言を呈した。中島名誉教授は「専門に甘んじ統合への努力を怠って放置する態度が様々なひずみを生むのでは。令和の文化人は社会でどんな役割を果たすのか、と寿岳は絶えず問いかける」と話す。

玉城館長は「この展示は一つの足がかり。日記や書簡の調査が進めば20世紀を生きた知識人の足跡から多くの事が分かるはずだ」と期待する。向日庵と遺蔵資料は現在、個人私有となっており、中島名誉教授は「都市の周縁から中央への知の収れんを物語る文化遺産だ。公有化し公開してほしい」と訴える。

(編集委員 竹内義治)

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