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上村淳之の花鳥画味わう 祇園祭の鉾彩る天井画や個展

文化の風

うえむら・あつし 1933年京都市生まれ。本名は淳。59年京都市立美術大学(現在の京都市立芸術大学)日本画専攻科修了。日本画家として活躍し、京都市立芸術大学教授、副学長を経て99年から同大名誉教授。2013年文化功労者、20年旭日中綬章受章。

花鳥画の名手として知られる日本画家の上村淳之が、京都の夏の風物詩である祇園祭の鉾(ほこ)を装飾する天井画を制作する。早ければ今夏にもお披露目となりそうだ。上村が館長を務める松伯美術館(奈良市)では、開催中の個展「上村淳之展~命の声を識(し)る~」(2月21日まで)に続き、米寿を記念した大型の企画展を計画。上村の花鳥画の魅力を味わう機会が続きそうだ。

祇園祭の山鉾に挑む

奈良市内の上村のアトリエ。作業机の背中側の壁にかけられていたのは、今最も力を入れて制作している大船鉾の天井画だ。金箔やプラチナ箔の上に薄い和紙を貼る金潜紙・銀潜紙と呼ばれる地の上に鳥や花をちりばめる趣向で、枚数は20枚に及ぶ。

祇園祭の山鉾を装飾する作品を一から手がけるのは、これが初めて。以前霰天神(あられてんじん)山の胴掛を仕上げたときは父・松篁の素描をもとに制作した。3年前久しぶりに祇園祭に行った際、何気なく鉾の天井を見ているところを鉾町の関係者に「(天井画を)描いてみませんか」と声を掛けられた。

金潜紙や銀潜紙のような華やかな地には、対象の周囲をぼかして描き雰囲気を醸し出す手法はそぐわない。「そのもの自体をズバッと描こう」と決めた。「胃がんで手術をして、改めて死ぬまでに何が描けるかを考えた。ぼかして雰囲気で空間が存在するように見せる手法は近ごろも多いが、本来の日本画のありようには反する。ズバッと描くのは、描写を相当やりこんだ経験なしにはできない。伝統に挑戦しようと思った」(上村)

大船鉾の天井画だけではない。今年は上村の過去の代表作や新作を鑑賞する機会が続く。

上村淳之「初めての冬」(松伯美術館蔵)

松伯美術館で開催中の個人展は、鳥類を中心に生きものの姿を描いた作品約50点を展示する。上村自身が展示のメインに選んだのは「初めての冬」。若いキツネが2匹、雪深い野で虚空に向かって遠ぼえしている絵だ。キツネを描いた作品は上村には珍しい。聞けば、30年近く前に関東への進学を機に家を離れる息子を思って描いた作品だという。「自然の生き物は、成長した子を独立させるため、すごいけんまくで追い回してテリトリーの外に追い出す。その激しさは時に子が死ぬこともあるほど。自然界の厳しさだ」(上村)

米寿記念で大型展

学芸員の大村美玲さんは「今回の展示は入門編」と語る。というのも、展示終了後に「本番」が控えているからだ。「3月から7月まで、上村の米寿を記念した大型の記念展を予定している。全国の美術館から上村の代表作を借りるほか、上村に展示にあわせた新作も依頼している」

上村は3代続く日本画の家系だ。祖母は鏑木清方とならぶ美人画の大家である松園、父は緻密な鳥や花の絵で知られる松篁。3代目の淳之は専ら鳥を描く花鳥画の画家だ。自宅兼アトリエではピーク時には3500羽を超える鳥を飼育し、飼料づくりや人工繁殖を手ずから行う中で育まれた観察眼が、温かさを感じさせつつも冷静で正確な描写につながる。「鳥の姿を図鑑的に描いては花鳥画にならない。花や鳥に己を託して描いたものが花鳥画。絵の品位に己の気持ちと生活が出る」(上村)

3代目とはいえ祖母や父とは画風は大きく異なる。だが、継承したものもある。「受け継いだのは勉強の仕方。松園はいつも虫のように絵に打ち込んでいた。画室には誰も入れず、食事の時も母が外から声をかける。リアリズムへの熱意、勉強の意欲はすごかった」(上村)。祖母や父と異なり、上村の生きた戦後は西洋画優位で日本画不遇の時代。「花鳥画の時代ではない」と言われながらも日本画特有の余白の美を研究し続けた上村の作品には、祖母や父に通じる美を追究する姿勢が息づいている。

(山本紗世)

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