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多様な出自、民衆の汗がつくる大阪 作家・宮本輝さん

関西のミカタ

みやもと・てる 1947年神戸市生まれ。広告代理店勤務などを経て77年に「泥の河」で太宰治賞、翌年「螢川」で芥川賞。叙情あふれる文体で市井の人々の生を描く小説を多数執筆し、現在は初の歴史小説「潮音」に取り組む

■大阪・土佐堀川の川べりに住む少年と水上生活を送る姉弟の交流を描いたデビュー作「泥の河」をはじめ、大阪を舞台にした作品も多い作家、宮本輝さん(74)。一貫して市井の人々の息づかいを作品に込めてきた。現在連載している初の歴史小説「潮音」でも様々な英雄が登場する幕末という時代をあえて庶民の目線で描いている。

表現したいのは結局、歴史は民衆がつくってきたのだということ。「潮音」で描いているのも、その民衆の力のすごさだ。庶民を描くことの原点には幼い頃を過ごした大阪の川のほとりの風景がある。近くの市場で働く人たち、水上生活者、すれちがった様々な人たちの姿をいまだに鮮明に記憶している。

戦後の大阪は汗水垂らしたおっちゃん、おばちゃんたちがつくってきた街だ。(自伝的大河小説)「流転の海」シリーズでは、父をモデルにした主人公・松坂熊吾が主に大阪を舞台に様々な苦労に直面しながらも激動する社会を生き抜いていく。熊吾のような教科書にはのらない庶民、ちまたにうごめいていた人々の歴史を描くことで関西、特に大阪の人からほとばしり出るものが伝わる作品になったと思っている。

同シリーズは連載37年、全9部の長大な作品になったが、大阪にはそこにも収まらないほど多くの思い出がある。小学生のころ淀川のほとりにバスケットボールなんかのシューズを作る小さな工場があって、近所のおかみさんたちが働いていた。そこに行くと卸値で安く売ってくれるという噂を聞いて、買いに出かけた。結局売ってくれなかったんだけれど。後にそこで作っていたのがオニツカ、今のアシックスだとわかった。あの小さな工場から世界に飛び立ったのだと知った時の驚きは忘れられない。

幼少期に宮本さんが暮らし「泥の河」の舞台ともなった土佐堀川のほとり。今は文学碑が建てられている(大阪市西区)

■大阪、関西の魅力は移り住んだ人たちをその色に染めてしまう土地の力。これは他の地域にはない特色だと言う。

田辺聖子さんと飲んでいるときに田辺さんが「大阪人は江戸幕府開府以来、400年お上の怖さを知らん」と話していて、これは至言と納得した。大阪人の権力との距離の取り方は独特だ。ジャイアンツが嫌いでタイガースを応援するのと同じで、理屈でなく世代を超えてDNAに刻み込まれているのではないか。父は四国の出身で、僕たち家族は他の地域に住んだ時期もあるが、大阪という土地の生命力に自然に感化されてきた。

最近の大阪は東京化しすぎてしまったようにも思う。かつてのように1世代、2世代という単位で他の地方から人が移ってくるのではなく、転勤などで数年の単位で人が入れ替わる。社会の変化のスピードが増している影響かもしれない。

しかし人間の文化には、そうした表層的な変化とは別の時間、潮の底流のような100年単位の時間も流れている。歴史をつくるのはいつだって民衆の息づかいで、そこには社会が変わっても揺るがない根幹となるものがある。その民衆の力が強いのが大阪という街だ。

■大阪独特の強い風土。その強さは何に由来するのか。考えを巡らせると、やはり幼少期の記憶が呼び起こされるのだと言う。

通っていた曽根崎小学校には中国系、韓国系の同級生もたくさんいた。流転の海の熊吾=父や身の回りの人たちは出自によって色分け、差別せず、助け合って暮らした。自分を含めてみんなが様々な出自を持っていたからだ。

1種類の木しか生えていない森は弱いという。様々な種類の木を混植することで、それぞれが異なる特徴を持った根を張って強い森を造り、水害から人を守る。大阪の強さ、たくましさも混植であることだ。

(聞き手は佐藤洋輔)

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