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文楽人形映える景色、筆走る ビジュアルで迫る現場

現場探究

(更新)

スッスッス――。床に寝かせた板に職人が墨をつけた筆を走らせると、のっぺりした平面にたちまち立体感が表れる。中腰の姿勢で横に移動しながら次々に線を引いていくと横幅数㍍のベージュの板が瞬く間にわらぶき屋根に変身した。

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一見無造作に引かれた墨の跡は、近くで見ても何を描いているのかわからない。しかし、何歩か離れてみると筆のかすれや揺れが自然なわらに見えてくる。「観客席からどう見えるかがすべて」と文楽の大道具製作を手掛ける関西舞台(大阪市)の岡本義秀社長。舞台美術ならではのマジックだ。

「錦秋文楽公演」の開幕が迫る10月下旬、国立文楽劇場(大阪市)舞台直下の地下1階では上演を彩る舞台美術の製作が佳境を迎えていた。道具帳と呼ばれる国立劇場の美術家が描いたデザイン画を基に、15人前後の関西舞台の職人たちが背景画や舞台セットを形にしていく。

傷心の男に命を救われた白狐。人に化けて男と契りを交わして男子をもうけ、一家3人平穏に暮らしていた。ある日、正体を知られてしまった狐は涙ながらに息子への愛を語る――。冒頭のわらぶき屋根はそんな物語が展開する「芦屋道満大内鑑(あしやどうまんおおうちかがみ) 葛の葉子別れの段」で使われた。

背景画などの舞台セットはおよそ間口18㍍、高さ6㍍ある文楽劇場の舞台いっぱいに広がる巨大なサイズだが「背景画はニュアンス、空気感を表現する技術があれば、さほど時間はかからない」(岡本社長)。職人たちが自作した画材がほぼ1日1枚のハイペースで進む製作作業を支える。

わらぶき屋根ならこの筆、菊ならこれというように、市販のはけや筆の毛を刈り込み、一筆で数本の線を引けるようにしたり、微妙なかすれ具合が出るようにしたりと調節してある。はけや筆がスピーディーに動くさまは、絵を描くというより、元から画面に埋まっていた模様を浮かび上がらせているよう。「むしろ、細部を描き込みすぎると人形が引き立たない。多少ぼんやりしているくらいがよい」と岡本社長。

完成した大道具は公演初日の数日前、ベテラン人形遣いが点検する。「(故・吉田)文雀師匠や先代の(故・吉田)玉男師匠には『色が派手すぎると人形が死んでしまう』とよく注意されました」。色を抑えてと注文がつけば、完成した背景画に薄めた墨をかけて調整することもある。

職人たちは作業中、絵を描く面に手のひらをつけないよう、拳で体重を支える。手の甲の指の付け根にできたタコの大きさが描き続けてきた時間を物語る。この道40年以上の岡本社長の拳にも大きなタコがある。

時の流れとともに製作現場も変化した。手に入りにくくなった泥絵の具はアクリル塗料に変わり「濃く深い群青色は作れなくなった」。一方で「美術家がパソコンで道具帳を描くようになり、ぼかしのニュアンスは昔より細かくなった」。はけで再現できないタッチをエアブラシで表現するなど新たなアプローチも試みつつ、伝統の舞台を支える。

(佐藤洋輔)

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