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文楽の若手・中堅 伝統の枠超え新たな挑戦

文楽特集 初音ミクと共演 義太夫節で紙芝居

人形浄瑠璃文楽の若手・中堅の技芸員たちが伝統の枠を超えた表現に挑んでいる。バーチャルシンガーの初音ミクと競演し、紙芝居を使った義太夫節にチャレンジ。劇場から飛び出してアジアの人形劇団と交流し、落語や能楽といった他の伝統芸能との共演にも積極的だ。動画投稿サービスによる配信も相次ぎ、文楽の可能性を広げている。
「女殺油地獄」の与兵衛の人形が初音ミクに合わせて手足を動かす(昨年10月、群馬県の富岡製糸場)=今村幸祐撮影

群馬県の世界遺産、富岡製糸場。昨年10月25日、西置繭所(おきまゆじょ)の整備工事完了を記念し、特設ステージで文楽イベント「恋娘紬(こいむすめつむぎの)迷宮(ラビリンス)」が行われた。約400の座席はほぼ満席。客層は普段の公演よりずっと若い10~30代が多い。午後7時前、客席のペンライトが一斉に揺れる。人形遣いの吉田玉助(54)らの最初の出番の後、舞台に現れたのはバーチャルシンガーの初音ミクだ。

ミクが披露したのは全7曲。文楽人形との初共演が実現したのはビートの効いた「古書屋敷殺人事件」だ。ミクが赤い着物姿で踊り、「女殺油地獄(おんなころしあぶらのじごく)」の与兵衛の人形がミクの動きに合わせる。主遣いの玉助のリードに左遣いや足遣いが必死についていく。徐々に3人の呼吸が合い動きも軽やかに。両手を右斜め、左斜めと交互に伸ばすところはピタリと呼応し、人形の表情もうれしそうだ。

「重心を低く腰を落とす日本舞踊の動きの文楽とは異なり刺激になった」と玉助。「大きく速く動かすことを意識した。可動域が広がり、体の動かし方で新たな発見もあった」という。

ラストはミクが「千本桜」を熱唱。人形は「伊達娘恋緋鹿子(だてむすめこいのひがのこ)」のお七ならぬミク同様に髪を染めたお三九が一緒にダンスした。「劇場では前から見られるがここでは全方向。一体感が心地良かった」(玉助)。最後に決めのポーズをとると大きな拍手が湧き起こった。

昨年11月28日。大阪市の山本能楽堂が主催する「大阪パフォマ!」では、八重垣姫が婚約者の武田勝頼を助けるため狐の霊力を借りる本朝廿四孝(ほんちょうにじゅうしこう)「奥庭狐火(おくにわきつねび)の段」が紙芝居で行われた。イラストレーターの中西らつ子が描いた魅力的な絵をめくりながら義太夫節を披露したのは太夫の竹本織太夫(45)だ。「氷の張った湖も渡れるわ。勝頼様、今助けに行きます!」。言葉は現代語だが織太夫は義太夫節の基本を崩さない。独特の節を付けた抑揚のある語りで熱演した。

「自転車に例えると、後輪の古典をしっかり押さえつつ前輪の新作が横にそれないよう丁寧なハンドルさばきが必要だった」と振り返る織太夫。この日は英語の解説があり、講談師や能楽師ともコラボした。「『ふきよせ』のような多彩な公演では自分が文楽の代表になる。一人でも多くのお客さんに『劇場で見たい』と思わせたい」と話す。

落語家との共演も相次ぐ。大阪市の千日亭では昨年10月29日に三味線の鶴澤友之助(40)らと落語家の桂吉坊が「ハナシの糸口」に出演。11月27日に太夫の豊竹咲寿太夫(31)が桂咲之輔と「噺咲き」で共演した。「落語の間の取り方や緩急は参考になる」と友之助。「表現の登り方は違っても目指す『富士山』は同じ。自分が思う『富士山』を描けるように努力したい」と気を引き締める。

動画投稿サイトへの映像配信も広がっている。山本能楽堂では昨年6月と12月に文楽を含む公演を配信。「噺咲き」はZoomでライブ配信された。咲寿太夫は「日本の芸能を再び認識していただくためには必要なステップ。能動的に発信できるメディアでのバーチャル的な試みは非常に大切なもの」という。

初音ミクと踊る人形の「お三九」(昨年10月、群馬県の富岡製糸場)=今村幸祐撮影

中之島でも公演

霜乃会で素浄瑠璃を披露する竹本碩太夫㊧(撮影は野口英一)

本拠地である大阪・日本橋の国立文楽劇場を飛び出して文楽を披露する公演の人気が定着しつつある。20~40代の上方芸能の担い手が集結するユニット「霜乃会(そうのかい)」公演では、梅田の商業施設内で素浄瑠璃を披露。中之島の大阪市中央公会堂で行われる「中之島文楽」や毎年春に梅田で行われる「うめだ文楽」なども幅広い人気を集める。

阪急電鉄の大阪梅田駅近く、真っ赤な観覧車が目印の商業施設「HEP FIVE」。8階のイベントホールで昨年9月、霜乃会の公演が行われた。浪曲、講談、能、落語などの各分野から若い担い手が出演し、それぞれ15分程度で芸を披露。文楽では太夫の竹本碩太夫(25)が三味線の鶴澤燕二郎(25)とともに素浄瑠璃で「生写朝顔話(しょううつしあさがおばなし) 明石船別(あかしふなわか)れの段」を語った。

碩太夫は「文楽は江戸時代は庶民の娯楽だった。多くの人に気軽に楽しんでもらうには、国立文楽劇場以外で短い演目の公演を増やし、入り口を広げることも必要だと思う」と意義を語る。若い伝統芸能の担い手にとっては、話芸や能など他分野の芸に触れて研さんを積むきっかけにもなるという。

淀屋橋などオフィス街にほど近い中之島にある大阪市中央公会堂では、毎年「中之島文楽」が開催される。昨年はコロナ禍で中止となったが、国の重要文化財に指定される重厚な建物の内で楽しむ文楽はひと味違った雰囲気だ。出演する予定だった三味線の鶴澤藤蔵(55)は「本公演と違い、若手が大きな役をやれる。場数を踏むチャンスの場だ。まずは試しにご覧いただき、良かったら本公演にもと思っていただければ何よりだ」と語る。

吉田簑紫郎、バックパックで海外公演

バックパッカー文楽の公演で現地の観客と交流する簑紫郎㊧

忙しい公演の合間を縫い、海外にも文楽の魅力を届けているのが人形遣いの吉田簑紫郎(45)だ。「バックパッカー文楽」を名乗ってリュックサックに人形や衣装などを詰め込み、40代以下の若手技芸員とともに10人前後のコンパクトなチームでアジア諸国を回る。2014年からの活動で、これまでに8カ国を訪れた。

有名なベトナムの水上人形劇など現地の人形劇団とも共演。意外な人形の動きにインスピレーションを受けたり、かしこまらず楽しんでくれる観客の新鮮な反応に刺激を受けたりしながら文楽の魅力を伝え続けている。

照明や音響など国内とは全く異なる公演環境には想定外のことも多く「毎日事故に対応しているようなもの」と笑う。予期しない出来事に応じて工夫を繰り返すことで「自分の芸も再構築され、引き出しが増える」。一緒にツアーを回る若手も含め日々の修業とは異なる体験によって鍛えられていくのも魅力という。

バックパッカー文楽に取り組む意義について「文楽がどう見えているか、少し距離を置いて客観的に捉え直すこと」と位置づける。簑紫郎はコロナ禍の自粛期間中にこれまで趣味だったカメラを使い、文楽人形の写真集を制作した。これも日々遣う視点とは異なる目で人形を捉え直す作業だ。「(写真にすることで見つけた)『この角度』をいかに舞台で出すか」といったヒントが得られたという。

「芸、技術の向上を重ねたうえで、文楽を知ってもらうアプローチや修業のやり方を時代にあったものにしていくことも大事」と簑紫郎。自ら切り開き、多くを学んだ海外との関係は「若手技芸員にも世代を超えて引き継いでいきたい」。20年はアジアとの交流が難しい年となってしまったが、交流復活に向けて意気込んでいる。

桐竹勘十郎に聞く

きりたけ・かんじゅうろう 1953年、大阪生まれ。67年、三代目吉田簑助に入門。翌年吉田簑太郎の名で初舞台。2003年、父の名跡を継ぎ三代目桐竹勘十郎を襲名。08年、紫綬褒章。10年、日本芸術院賞。

後輩たちのさまざまな挑戦をベテランはどう見ているのか。文楽の第一人者のひとり、人形遣いの桐竹勘十郎に聞いた。

――他ジャンルとのコラボ公演が相次いでいる。

「若い時は勉強になる。私もよくやったし、師匠から止められたこともない。声がかかるのは注目されている証拠。普段の稽古や本公演をしっかりやることを前提に取り組めばいい」

「公演ではどれだけ存在感を出せるかが勝負。うまく対応できないと人形にパワーが伝わらず、相手にのみ込まれてしまう。共演の仕方にも工夫が必要だ。いろいろコラボすると、人形のパワーが一番出るのは浄瑠璃であり、浄瑠璃ってええなあ、ようできてるなあと思う瞬間がある。我々には帰るべき所、原点があることに気づいてほしい」

――動画投稿サイトへの発信が広がっている。

「世界のさまざまな人々が動画配信の映像を見ている。特に若い人が多いのでアピールになるし、今後は動画配信が当たり前の時代になる。文楽はむしろ出遅れていたので、発信力のある若い人たちが投稿するのは良いことだと思う」

「ただ、どんな『絵』を発信すべきか考えないといけない。人形そのものには表情がないので顔のアップでは意味がない。人形全体の動きを見せつつ表情をどう感じてもらうのか。太夫と三味線をどう見せていくか。今後は映像の専門家も必要になる」

――文楽をより一層振興するには何が必要か。

「文楽が大阪発祥であることをもっと発信してほしい。若い人が公演をプロデュースする機会も与えたい。カンヌやベルリンの国際映画祭のように人形劇の国際的な祭典が大阪で行われたら盛り上がるだろう」

日本経済新聞社主催「文楽の夕べ」公演は昨秋は新型コロナウイルスの感染拡大で中止になりました。今年は11月に大阪で開催する予定です。

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