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梅原猛、能楽の功績 大槻文蔵に聞く

文化の風

梅原との思い出を語る大槻

2019年に亡くなった哲学者・梅原猛は晩年、能の研究に取り組んだ。現代語による新作能や解説書の執筆などを通じ、能楽界に大きな足跡を残した。梅原と深く交流し、5月に追悼公演も予定していた観世流シテ方の人間国宝、大槻文蔵に梅原への思いを聞いた(公演は新型コロナウイルスの感染拡大で中止)。

――梅原との交流はどのように始まったか。

「茂山千五郎家と組んで作ったスーパー狂言『ムツゴロウ』の演出をお手伝いしたのを機にお話しするようになった。新作をお願いしたが『能は難しい』と断られた。その後、今から京都に来られるかと突然電話があった。『急に世阿弥が降りて来た。とりついてしまってどうしようもないんだ』と。持っているビデオを全部送ってほしいと言われ、300本ほど一気にご覧になった。能の研究を始められたのは80歳のころ。とてつもない熱心さだった」

――梅原はなぜ能に関心を持ったのか。

「先生の歴史研究の重要なテーマとなっていたのが、死刑や流刑にあった人たちの怨念を切り口に歴史を捉え直す『怨霊史観』。能に関心を持たれたのも、能という芸能が成立する過程や能を大成した世阿弥の人生の中に『怨霊』の存在を見いだしたからだ。その結果、文献が中心だった能研究の世界に(梅原独自の)歴史や思想の視点を持ち込まれた。能の世界に登場する異界や異形の存在を人間的に解釈することで、これまでとは違う見方を提示された」

――あえて現代語で能を書いたのはなぜか。

「多くの人に伝わり、見られ、面白く思ってもらうには誰にでも理解できる言葉で書くべきとのお考えからだ。物語の設定やセリフも斬新だ。『河勝』はご自身がモデルの人物が登場し、新幹線に乗る場面もある。(観世流シテ方梅若実が演出した)『世阿弥』では世阿弥の父、観阿弥をチャップリンに見立てたセリフが出てくる。演出するうえでの苦労もあったが、そうした内容も、現代の人に能の魅力を伝えたいという考えで貫かれていた」

「新作能も数々の解説書も、より多くの人に能に親しんでもらいたいというお気持ちから生まれたのだと思う。(大槻能楽堂で)2009年から約1年間お願いした公演『梅原猛 能を観(み)る』は、先生ならではの視点による演目解説とともに能を上演する構成で、多くの人の能楽への興味を掘り起こしてくださった。すごい人気で、チケットが毎回早々と完売したのが懐かしい」

2010年5月に大槻能楽堂で上演された梅原猛作「河勝」

「世阿弥」に怨霊見いだす

中止になった公演では梅原の新作能「河勝」「世阿弥」などを略式上演する予定だった。怨霊や亡霊はこれらの作品にも登場する。「河勝」は聖徳太子の重臣で、世阿弥の「風姿花伝」で能楽の祖とされる秦河勝を巡る物語。河勝は聖徳太子の一族が滅ぼされた際、兵庫県赤穂市に流され、同地で怨霊となる。梅原がモデルの怨霊鎮魂を趣味とする男が赤穂の神社を訪れると、河勝の化身が現れ、現世で恨みを晴らそうとする、という展開だ。

「世阿弥」でも、将軍とのあつれきから殺された世阿弥の息子元雅が亡霊となって世阿弥のもとに現れる。梅原は能にゆかりの場所をフィールドワークし、伝承なども熱心に探索する独自のアプローチで研究に取り組んだ。書き下ろした新作能にもそうした成果が生かされている。

膨大な歴史の知見を背景にした梅原の大胆な能解釈は「通説とは相いれないものも多い。一方、専門家とは違う大きな視野で能楽を捉え、その世界を多くの人に知らしめた」と天野文雄・京都芸術大学舞台芸術研究センター所長はみる。

(佐藤洋輔)

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