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音がぐるぐる動く スピーカーのオーケストラ

フランスでアクースモニウムを習得、国内外で演奏活動に奔走 檜垣智也

音楽ホールの舞台上に、種類も大きさもバラバラのスピーカーを20~100個ほど、オーケストラ奏者のように並べる。いくつかのスピーカーは客席の横や後ろに置き、指揮者にあたる位置にはスピーカーの操作盤とそれを操る奏者。それが「アクースモニウム」の演奏風景だ。その見た目から「スピーカーのオーケストラ」の異名を持つ。

アクースモニウムとは、1970年代にフランスの作曲家が考案した電子音楽の演奏法。自宅で録音音源を聴くのでは魅力が伝わらないという電子音楽の欠点を解消するため、クラシックと同じように音楽ホールでライブの音を聴かせようと発明された。聴き手の体の周りを自由自在に音が飛び交う臨場感が持ち味だ。だが、日本では2000年ごろまでほぼ全く知られていなかった。

アクースモニウムを初めて体験したのは、20代の頃、フランス留学中に訪れた電子音楽の音楽祭でだ。南部の小さな街にあるバスケットコートほどの大きさの体育館に、スピーカーが50~60台ほど設置され、一日中演奏が行われていた。

客席で音楽を体験して驚いた。体の周囲を音がぐるぐる動いている。音を流すスピーカーを次々変えることで音が動いて聞こえるのだ。操作盤に添えた指の操作次第で、聴き手は巨大な空間に投げ出されたようにも、微細な空間に押し込められたようにも感じる。指先だけで空間を操れる全能感に魅了された。

それからは3年間、ドニ・デュフールという作曲家のもとで、電子音楽の作曲法やアクースモニウムの演奏法を学んだ。

アクースモニウムは即興演奏ではなく、事前の準備がすべてだ。まずは、演奏する音楽を暗記する。といっても、演奏するのは風の音や人の声など自然界の音を収集して組み合わせた音楽なので楽譜が存在しない。だから「何分何秒に波の音」というふうに絵や文字を使って楽譜を手作りし、いつどんな音が聞こえてくるかを覚える。

次に、会場に並べる数十個のスピーカーについて、音色の個体差を把握して、どのスピーカーをどの位置にどの高さで設置するか、どの音をどのスピーカーからどれくらいの音量で流すのが効果的かを試行錯誤する。あとは本番に臨むだけだ。

師のデュフールは初めての日本人の教え子に、作曲の素材となる音の収集の仕方から機材の微調整やメンテナンスの仕方まで、全てを身につけさせてくれた。口癖は「音楽を作るときはもっと変人になりなさい」。水と生ものしか口にしないという信条の持ち主で、若いころは外でもはだしで生活していたという。変わり者だが、教育への熱意は本物だった。

帰国後は大阪芸大や東海大などでの講義や公演に加え、海外の音楽祭での演奏やハーバードなど欧米の大学での授業、電子音楽コンクールの審査員と奔走した。20年前は知る人のほとんどなかったアクースモニウムだが、地道な活動が実ってか、現在は日本でも奏者が育ち、裾野が広がり始めているのを感じる。

アクースモニウムが発明された1970年代とは違い、現在は映画館やホームシアターにも、四方に設置したスピーカーで没入感を演出するサラウンドの設備がある。手動でスピーカーを操作するアクースモニウムはレトロな演奏法になった。最初の頃は、ただただ楽しくて没頭していたが、現在は、数十年後にも電子音楽を作曲当時の演奏方法で聴くことができるように、伝統を継承していきたいという思いだ。

(ひがき・ともなり=作曲家)

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