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100年前とコロナ禍の現代重ねる 「兵士の物語」演奏会

文化の風

公演に向け練習する若手奏者たち(大阪府柏原市の大阪教育大学柏原キャンパス)

第1次世界大戦、ロシア革命、スペイン風邪――。いずれも100年ほど前、社会の仕組みや価値観を大きく変えた出来事だ。京都コンサートホール(京都市)は10月、約100年前に作曲された音楽を聴く演奏会を連続して催す。動乱期の作品にコロナ禍の今に通じるメッセージを見いだそうという狙いだ。

「真の幸福とはなにか? 金か、地位か、名誉か? それがこの物語の問いかけだ」と語るのは、狂言師の茂山あきら。10月16日に同ホールで催されるストラヴィンスキー「兵士の物語」の公演に出演する。「コロナに屈しない」というメッセージを込めた4公演シリーズの一つだ。

「兵士の物語」は1918年に作曲された。ある兵士が悪魔と取引し、愛用のバイオリンと引き換えに大金持ちになり、王女の心を射止める。だが、望郷の念にとりつかれて国境を越えた瞬間、現れた悪魔にさらわれ、手に入れた大金や地位などをすべてふいにしてしまう。

10月の同ホールの公演では、セリフのない王女を除き、茂山が物語の語り手、兵士役、悪魔役の3役すべてを1人で語り分ける。同ホール館長の広上淳一が指揮し、演奏するのは関西の音楽大学・芸術大学などに在籍する若手奏者たち。関西に拠点を置く音楽家や伝統芸能の担い手が集合する演奏会となった。

大戦と革命で窮乏

作品の背景には、作曲家の苦境がある。1910年代前半に「火の鳥」「ペトルーシュカ」などで成功したストラヴィンスキーだが、当時は故郷のロシアで起きた革命で財産を没収され、戦争中で大規模な公演も催せず、窮乏していた。そこで、たった7人の奏者に俳優3人、朗読1人の少人数で巡業しようと作ったのが「兵士の物語」だった。だが、期待をかけた興行はスペイン風邪の流行で失敗に終わった。

「大戦はクラシック音楽の名曲を生んだ豊かな文化の基盤を破壊し、革命はストラヴィンスキーに母国を失わせた」と同ホールの高野裕子プロデューサーは指摘する。「夜ごとコンサートが開かれ、次々新曲が演奏される黄金時代が過ぎ去った後に生まれたのが『兵士の物語』。兵士が失った地位や大金に表される旧世界の幸せは、本当の幸せだったのか。コロナ禍で社会の変化を体験した今こそ聴いてほしい曲だ」

音楽は、終始明るくユーモラス。メロディーの滑稽さが、欲に突き動かされて破滅する兵士をシニカルに描き出す。「変な曲で、聴いていて美しいという曲ではない。だがユーモアの中に、芝居と一体となって突きつけてくる問いかけがある。音楽家としてのプライドにかけて生き残るぞというストラヴィンスキーの意気込みのこもった作品だ」(広上)

ゆがめたワルツ音楽

先立つ10月2日には、「ラヴェルが幻視したワルツ」という公演が同ホールで行われる。「兵士の物語」と同じシリーズの公演で、演奏されるのはラヴェルの1920年の作品「ラ・ヴァルス」。従軍で健康を害し、母や友人を次々失ったラヴェルが、古き良き19世紀のウィーン社交界を、あえてゆがめたワルツ音楽で表現した曲だ。

優雅で気品のあるワルツが、音楽が進むにつれリズムや音程のバランスを失い、最後は狂騒の不協和音で終わる。「ラヴェルはラ・ヴァルスを通して、崩れ去った19世紀の旧世界を『あの時代はおかしかったのではないか』と振り返った。演奏会は、コロナ以前を冷静に見直すヒントになる」と監修を務めた大阪大学の伊東信宏教授は狙いを語る。

「幸せな時代には周りがよく見えない。危ないときこそよく見える。今は、よく見えるときだ」(茂山)。「社会の状況を反映し、今しかできない公演を」という同ホールの企画や茂山の言葉からは、コロナ禍で求められるホールの役割は何かという問いも見え隠れするように思われる。

(山本紗世)

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