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藤野可織の新作短編、クラシック演奏会で朗読

文化の風

小説を書き下ろした藤野可織

新作小説の朗読とクラシック音楽とを合わせて楽しむ、異色の組み合わせの演奏会が催される。京都市在住の芥川賞作家、藤野可織が演奏会向けに短編を書き下ろし、指揮者の三ツ橋敬子が京都市交響楽団を指揮する。小説とクラシックの音色とで重層的に物語を味わえそうだ。

書き下ろし珍しく

「コロナ禍で混乱する社会を見て、もうずっと眠っていたい、眠っている間に何もかも終わっていてほしい、すべて終わった後に目が覚めたら人生の続きをはじめたい、とずっと思っていた」――。今回の短編「ねむらないひめたち」の着想の源について尋ねられた藤野の答えだ。演奏会は20日、ロームシアター京都(京都市)で催される。

小説は、近未来の日本が舞台だ。正体不明の伝染病がまん延し、感染者は体が硬直して砂色のあめに覆われ、昏睡(こんすい)してしまう。タワーマンションの高層階に住む中学生と小学生の姉妹は両親が昏睡した後、2人で気ままに暮らしている。

ところが、妹がSNS(交流サイト)に投稿した自撮り写真をきっかけに、姉妹のもとに「君たちを助けてあげる」と、大人の男が次々とやってくる。姉妹はベランダからカップソーサーやジャムの瓶を彼らの頭に落としていく。食器を次々ベランダから落とす様子は、スナイパーの狙撃シーンのようだ。

鍵となるのは感染者の体を覆う砂色のあめだ。物語が進むうちに、このあめが実は人間をつくり替えるさなぎの役割を担っていると判明する。昆虫がさなぎの中で幼虫から成虫へと体をつくり替えるように、あめの中で体の細胞を溶かしてつくり替えているのだ。

さなぎになれば、100年後に新しい生き物として目覚めることができる。「ある意味で希望があって幸せなこと」と藤野。だが、決断を迫られた姉妹はひとまず判断を保留し、当面は眠らないことを選ぶ。「新しい規範に順応し、未来に身を投じていくのではなく、そこに背を向けた人を描きたかった。私としては、とても前向きなラストだ」

発表済みの小説や詩の朗読に音楽を合わせる例はあるが、演奏会のために新作小説を書き下ろすのはハードルが高く、珍しい。「おそらく初めてのことではないか」(ロームシアター京都)。藤野の書く小説の、現実かファンタジーか境目の分からない不思議な世界観に目をつけた同ホールが執筆を依頼、書き上げた作品と世界観を統一すべく関係者で選曲した。

京響を指揮する三ツ橋敬子

世界観に寄り添う

朗読に寄り添うのは、ラヴェルの「クープランの墓」や「亡き王女のためのパヴァーヌ」、シベリウス「悲しきワルツ」など、死や悲しみを思わせる音色だ。ラヴェルやドビュッシーを中心に、全体の8割近くがフランス音楽となった。

三ツ橋は「音楽の中をさまよったり漂ったりするような夢見心地の音色が、(藤野作品の)不可思議でミステリアスな世界観に調和する」と語る。「物語の姉妹の行動や思いは、現実の自分たちの人間的感情とリンクする。一方で世界観はといえば、現実とファンタジーを行き来しているみたいでとても独特だ。オペラやバレエの物語はもっと分かりやすい。分かりやすい世界観ではないものに音楽が寄り添うという斬新さをまず思った」

小説とクラシック音楽とを組み合わせる意義はどこにあるのか。三ツ橋は「100年以上繰り返し演奏されているクラシック曲は普遍性を持つ。例えば、人間の思いや今とあまり変わらない景色、風を感じる感覚や匂いなどの五感。そういう普遍的な部分が、小説作品とどこかで必ずリンクする」と語る。

クラシックの普遍性が物語に厚みを与えるという実感は、藤野にもあるようだ。「クラシック音楽を聴いているうちに、普段の実感とは全く質の違う、『これは本当に現実に起きたことなんだ』という実感が湧いてきた。それがとてもうれしかった」

従来の朗読つき演奏会は、もともと知られた小説や詩に演奏を加えたり、「展覧会の絵」や「田園」のように有名な楽曲に言葉を付け加えたりと、聴衆に世界観の土台が共有されているのが一般的だった。だが、今回の小説は書き下ろし。客席の観客一人ひとりが、何も共有するもののないまっさらなところから、自身の耳だけを頼りに頭の中で物語を再構築することになる。刺激的な鑑賞体験となりそうだ。

(山本紗世)

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