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「阪急お膝元」宝塚に阪神バス 幻の線路、車道に転用

とことん調査隊

宝塚大劇場や百貨店の宝塚阪急など「阪急電鉄のお膝元」の宝塚駅。駅前で阪急バスとは違うカラーのバスを見かけた。今では同じ阪急阪神ホールディングスの阪神バスだ。尼崎や西宮など阪神沿線が中心の同社で宝塚まで延びる路線はやや異質だ。背景には戦前の阪急・阪神の勢力争いがあった。

宝塚駅前では、ロータリーを挟んで阪神バスと阪急バスの乗り場が向かい合う。阪神バスの時刻表を見ると、尼崎方面へは昼間でも阪神尼崎行きと阪神杭瀬駅北行きが交互に約10分に1本出発する。

2月下旬、平日の午前11時ごろに宝塚駅を出発するバスに乗車した。お年寄りや学生など約10人が乗っており、昼間とはいえ乗客は多い。尼崎まで片道およそ50分の道のり。途中の停留所での乗降も多く、地域の足となっていることを実感した。

実はこの路線の起源は1923年まで遡る。私鉄の路線拡張競争が激しくなり、20年には現在の阪急電鉄が大阪―神戸間を開業。小林一三氏が「綺麗(きれい)で早うて。ガラアキで」と宣伝し、先に開業した阪神電気鉄道などから顧客を奪う狙いだった。

阪神側も負けずに阪急が開発した宝塚への進出を狙う。23年に阪神電鉄が出資する宝塚尼崎電気鉄道(尼宝電鉄)が出屋敷―宝塚間に鉄道を新設する免許を受けた。梅田駅から宝塚まで直通運転し「所要時間も(阪急より)20分以上短縮する」(阪神電気鉄道百年史)計画だった。

阪神電鉄の広報も「当時の両社には対抗意識があったのでしょう」と話す。工事は順調で一部の橋などを除き大半の線路が敷かれたが、計画は一筋縄でいかなかった。尼崎市が都市計画に関連して尼崎駅付近などを高架式にするよう求めたのだ。高架は資金がかさむうえ、梅田から直通運転もできず路線の意義は大幅に薄れてしまう。

不景気も重なり、28年に計画を変更。すでに路盤(線路の土台)は武庫川の砂利が敷かれ完成し、レールや枕木も運び込まれていた。路盤を有料道路に転用することを決めた。尼崎市立歴史博物館のボランティアで当時の状況を研究した井上衛さんは「線路用の砂利もそのままに舗装されたようだ」と話す。

尼宝電鉄は阪神国道自動車(現阪神バス)と合併した32年、一定の需要が見込めるとみて、道路開通と同時にバスの運行を始めた。現在まで阪神バスが運行する。2019年度は約350万人が利用し、同社でも利用者が多い主要路線だ。「東西の移動が中心の鉄道輸送にない強みがある」(阪神電鉄の広報)

06年には阪急ホールディングス(HD)と阪神電鉄が統合。宝塚市内に多くの路線を持つ阪急バスへの路線移管や共同運行などは検討されなかったという。

今でもイオンモール伊丹昆陽の近くからJR神戸線と交差するあたりまで長く続く直線、一部のバス停の大きな待合スペースに鉄道をルーツとした自動車専用道路の面影を感じる。井上さんも「もしかしたらここに鉄道が走っていたかもしれないと思うとわくわくします」と話す。

当時の社長が窮余の策として思いついた鉄道路線のバスへの転換。鉄道ジャーナリストの梅原淳氏は「鉄道の維持費用は1キロメートルあたり年1500万円程度かかり、道路(バス)より圧倒的に高い」と話す。ローカル線の利用者が減るなか、バスに転換して維持費用を減らす取り組みは全国で増えている。JR九州の日田彦山線は一部区間で専用道を設けてBRT(バス高速輸送システム)化が決定した。

鉄道であれバスであれ、地域に密着した輸送を提供できれば長く愛される。昼間も乗客の多い尼宝線のバスに乗車してそう感じた。(金岡弘記)

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