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スポーツビジネスの経験、人材育成に 大河正明さん 

関西のミカタ びわこ成蹊スポーツ大副学長

おおかわ・まさあき 1958年生まれ。81年京都大学卒業、三菱銀行(現三菱UFJ銀行)入行。2010年Jリーグに入社。15年Bリーグチェアマン。20年からびわこ成蹊スポーツ大学副学長、大阪成蹊大学スポーツイノベーション研究所長。

■7月からびわこ成蹊スポーツ大学副学長を務める大河正明さん(62)はそれまでの5年弱、男子プロバスケットボールリーグ「Bリーグ」のチェアマンとして辣腕を振るった。銀行勤務、Jリーグ事務局を経てバスケ界の改革に乗り出したのは、中学時代の「人生のハイライト」と話す体験からだ。

2015年5月、Jリーグ常務理事から日本バスケットボール協会へと移った。Jリーグチェアマンなどを歴任した川淵三郎さんが改革の旗振り役となっていた。Jリーグで川淵さんの「政策秘書」のように動き回った経験もあり、参画を決めた。

声がかかる前からバスケのことは気にしていた。京都・洛星中学に入学すると、先輩に誘われるままバスケ部に入った。近畿では敵なしで、中3の夏には全国ベスト4まで進んだ。純粋にスポーツを楽しみ、人生のハイライトとも言える瞬間だった。「世話になったバスケへの恩返し」という思いもあり、力を振り絞ってやってみようとなった。

もちろん、リスキーな選択だ。Jリーグに転職した時もそうだった。銀行で大支店の支店長を任され、理事まで経験。先が見えたような気がして、周囲には物好きと言われながら辞めた。Jリーグでの大仕事に区切りがついて、また挑戦しようとなった。

京都・洛星中高ではバスケットボール部で活躍した(左から2人目の選手)

■日本男子バスケはトップリーグが2つあり、国際バスケットボール連盟(FIBA)からガバナンス不足などを指摘されて無期限の資格停止処分を受けていた。

課題は大きく3つだった。協会のガバナンス改革とトップリーグの一本化、そして代表の強化だ。最初の2つは、銀行やJリーグでの経験が生きる。私くらいしかできないのではないか、と思った。

Jリーグに移った10年。リーグが財務や施設の基準を毎年審査し、条件を満たすことを求める「クラブライセンス制度」の導入が迫っていた。当時は8割のクラブから「縮小均衡に陥る」と反対された。巨額を投じた選手獲得が難しくなると。タフな交渉だったが、クラブ経営には緊張感が必要と説き続けた。今、Bリーグはコロナの影響はあったが成長が続く。Jリーグでの経験があったからこそ、バスケにも同制度の導入を推し進めることができた。

2つのリーグを統一した上で、「B1」から「B3」に分ける際は、クラブ財務の健全性やホームアリーナの確保など経験が生きた。苦情なく分けられた段階で、勝負ありだと感じた。残る代表強化は、私は門外漢だ。だからゼネラルマネジャーを選ぼうと決めた。海外人脈も持つ、東野智弥さんを技術委員長に任せられたのは、一番の功績だと思う。

■新たな活躍の場は図らずも関西になった。久しぶりに生活した故郷は、課題と可能性に満ちているという。

長期政権は腐敗する。次世代構想も打ち出し、スポンサーにもめどが立った段階でチェアマンは辞めようと思っていた。大阪成蹊学園がスポーツイノベーション研究所を立ち上げると聞き、参加することになった。関西に戻ったのは偶然だ。

スポーツビジネスは東京に集中している。競技団体はほぼ東京で、甲子園での高校野球や花園ラグビー場での高校ラグビーを除くと全国大会も東京だ。関西はどうしても情報がなく、スポーツビジネスの基盤に乏しい。関西といえど他の地方と同じ情報の少なさだ。

社会人向けのスポーツビジネス講座を開く。スポーツビジネスに関わる経営人材を育む環境をつくっていきたい。大学同士が連携し、大学生相手に授業するような取り組みを目指した話も進めている。スポーツに興味のある人は関西にいるのに、それをビジネスとして捉えられていない。この状況を変えたい。(聞き手は岩戸寿)

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