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菅笠の里・深江に残る水害碑、幕末~大正期の歴史映す

時を刻む

江戸時代に盛んだった伊勢参り。大坂からの道中で人々は「深江の菅笠(すげがさ)」を買い求めた。その産地だった大阪市東成区の深江地区で2020年12月、旧家の土蔵で眠っていた2基の石碑の除幕式が行われた。1基は幕末~明治期の災害や騒動、もう1基は特に被害が甚大だった明治18年(1885年)の淀川洪水について記す。水がもたらす恵みと危険に寄り添い暮らした人々の息づかいが伝わる。

2基の石碑は今、同区深江南の深江郷土資料館の敷地に立つ。同館の代表理事、石川健二さんらによると、石碑は同館に隣接する旧家の土蔵に保存されていた。旧家の邸宅は総檜(ひのき)造り2階建てで築80年以上。20年春に地域の歴史資産として保存することが決まり、石碑の調査も始まった。

碑文の解読を担当した市立枚方宿鍵屋資料館(大阪府枚方市)の学芸員、片山正彦さんによると、経年劣化で判読できない箇所もあったが、2つの石碑には幕末から明治にかけて起きた災害や騒動、それらが人々の暮らしにどう影響したかが克明に記されていた。

明治18年淀川洪水を伝える石碑は高さ約180センチ。片面に「十八年洪水」、その裏に「酉歳(とりどし)紀念碑」と大きく横書きされ、碑の4面に文字が刻まれる。氾濫を繰り返した淀川の歴史の中でも、明治18年の水害は特に被害が大きく、日本における最初の近代治水工事、新淀川の開削(1909年完成)を含む淀川改良工事のきっかけにもなった。

その歴史的な水害は、1885年6~7月に発生した。豪雨による増水で現在の枚方市付近の堤防が決壊。さらに台風が追い打ちをかけ、濁流が南西方面を襲った。大阪府内の浸水家屋は7万戸を超え、現在の大阪市内も上町台地を除く低地部の大半が浸水した。

生駒山地と上町台地に挟まれた地帯は、古代には河内湾と呼ばれる海だった。そこに淀川などが運ぶ土砂で肥沃な平野が形成されていったが、この水害の浸水域はまさに古代の河内湾のような様相だったという。

深江の地には、笠を縫うことを職業とした古代の大和の氏族が移り住んだ笠縫島があったという伝承があり、一帯は菅笠の材料となる良質な菅(すげ)が茂る湿地だったという。江戸期には伊勢参りの菅笠で栄え、水辺の暮らしの恩恵を受けたが、水害もまた身近だった。

碑文によると、深江地区には6月30日に水が押し寄せた。「濁流は滔々(とうとう)と流れ込み」「財産を集めるいとまもなく」と被災時の描写は生々しい。洪水は「庭より8尺7寸(約2.6メートル)」の高さにまで達した。「庭の土塀はみな倒れた」とあり、水勢のすさまじさを物語る。

住民の多くは西方向の高台である上町台地に避難し、上本町の寺院に収容されたほか、練兵場の小屋でも休んだという。住民が約1カ月後に深江に戻ってきた時には家も仕事もなく、堤防の復旧工事で働いたことなども記されている。

石碑の建立は水害から30年目の大正3年(1914年)。片山さんは「碑文には、ようやく以前のような『面目』に復することができた、という当主の感慨も記されている」と語る。

元の生活を取り戻すのに長い年月を要したことを書き添え、「日ごろから災害を忘れないことが長く安全に暮らすために大切だ」と戒めの言葉を刻む。そこにあるのは、災害の記憶と教訓を後世に伝えたいと願う強い気持ち。昨年11月、国土地理院地図に自然災害伝承碑として掲載された。

土蔵に眠っていたもう一つの石碑には、安政元年(1854年)の大地震、明治維新前後から明治中期の水害のほか、新政府軍が旧幕府軍を破った鳥羽伏見の戦いについての記述がある。大坂城から旧幕府方の武士が逃げてきて、目立たない服装をしたいと着物を要求したという。

深江の南を通る暗越(くらがりごえ)奈良街道は、大阪から奈良への最短ルート。往時には伊勢へ参る人々が1日7万人も通ったという。今の東成区内を通る部分の多くは旧平野川の自然堤防といわれ、JR玉造駅から道標を頼りに旧街道を歩いてみると、くねくねと蛇行する道は周囲より1~2メートル高いことがよく分かる。歴史の痕跡から学べることは多い。(影井幹夫)

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