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南海の資料館にノムさんの展示 44年ぶり古巣に〝帰郷〟

プロ野球の南海(現ソフトバンク)で戦後初の三冠王を獲得した故・野村克也さんにまつわる展示が2月、大阪・ミナミの資料館「南海ホークスメモリアルギャラリー」で始まった。1977年に監督を解任された際の球団との確執から、従来、ギャラリーには野村さんに関する展示が全くなかった。「野村さんという大選手の展示がないのはおかしい」とOBで野球評論家の江本孟紀さんが発起人となり、解任から44年ぶりに古巣に〝復帰〟を果たした。

南海ホークスメモリアルギャラリーでは野村さんのユニホームやバットなどが新たに展示品に加わった

南海電気鉄道が運営する同ギャラリーは本拠地があった大阪・ミナミの大阪球場跡に立つ複合施設「なんばパークス」内にある。鶴岡一人監督が率い、杉浦忠投手が活躍した南海黄金期に関する展示が中心だが、当時のチームの顔だった野村さんの写真や記録はこれまで一切なかった。〝抹消〟の詳しい経緯は明らかになっていないが、監督解任で球団との関係が断絶した野村さんから「展示の了承を得ることができなかった」(南海電鉄の担当者)という。

発起人の江本さんは現役時代にバッテリーを組んだ野村さんの教えのおかげで「勝てる投手になれた」との恩があり、晩年の野村さんに会うたびに「もう(ギャラリーに)入ってもいいんじゃないんですか」と説得してきた。2020年2月に84歳で亡くなる数年前から、本人も「そやな」と前向きになっていたという。

江本さんは「過去の経緯があって、素直に(ギャラリーに入りたいと)言えなかった部分もあったと思う」と故人の思いを代弁。亡くなった後に遺族に相談し、快諾を得て実現の運びとなった。南海電鉄の遠北光彦社長はギャラリーの改装オープンの際、「長年の夢がかなった」と感慨深げに話した。

今回展示されたのは、1977年の南海でのラストシーズンに着用した背番号「19」のユニホームや65年に戦後初の三冠王を獲得した際の記念盾など。展示品は適宜入れ替わる。

息子の克則さん(現楽天コーチ)は改装オープンの式典の際に「父の記憶があるのは監督時代だけ。とくに南海時代の記憶はない」とのメッセージを寄せた。確かに多くのファンが抱く野村さんのイメージもヤクルトや楽天監督時代の「名将」としての姿だろう。

ただ、3017試合に出て2901安打、657本塁打、1988打点(いずれも歴代2位)と選手としても球史に輝く成績を残した。江本さんは「展示を通じ、家族を含めてあまり知られていない野村さんの現役時代のすごさにも触れてもらいたい」と願っている。

(田村城)

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