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タイで洪水頻発 放水路整備、早くて5年後

大洪水10年 気候変動、高まるリスク

【バンコク=岸本まりみ】タイで大規模な洪水被害が頻発している。2011年の大洪水から10年が経過したが、治水計画は幾度も白紙になり放水路整備は早くて5年後。直近でも9月の大雨で29万世帯以上が浸水した。日系企業の集積地であるタイのサプライチェーン(供給網)が寸断するリスクは高いままだ。

「財産を高い場所に移し、洪水への備えをしてください」。9月末、タイの治水当局は首都バンコクを含むチャオプラヤ川下流の住民に警告を出した。連日の大雨で流域のダムからの放水が増やされ、川の水位が急激に上がっているためだ。プラユット首相や閣僚らは「10年前の大洪水とは状況が違う」と指摘しつつ、何度も流域の視察に足を運び、危機感をあらわにする。

11年の大規模な洪水は、雨期に入った7月ごろからの記録的な豪雨が主因で、800人を超す死者と1兆4000億バーツ(約4兆6000億円)規模の被害を引き起こした。下流域の工業団地に水が流れ込み、同年10月にはホンダトヨタ自動車など日系完成車メーカー7社の工場すべてが休止を余儀なくされた。

タイは5000社を超える日系企業が進出し、「日本産業界の裏庭」とも呼ばれる。洪水で被害を受けた一部企業は撤退。ニコンなど「タイ・プラスワン」と呼ばれるラオスやミャンマーなどの周辺国に生産の一部を移す企業もあった。だが、代替となる産業集積地を探すのは難しく、多くの企業はタイ国内にとどまった。

洪水被害が続く背景には政治の混乱もある。05年にはタクシン政権が2000億バーツ規模の治水計画を打ち出したが、06年のクーデターで白紙になった。大洪水後の13年に国際協力機構(JICA)の技術協力を受けて策定した包括的な洪水管理計画(マスタープラン)も、14年のクーデターで再び棚上げされた。

プラユット現政権が新たな20カ年の治水計画をまとめたのは18年末のことだ。タイ国家水資源管理室によると、洪水対策の軸となる2つの放水路のうち、1つ目が完成するのは早くても26年。もう1つはいまだ実現可能性調査の段階で、予定していた25年の完成は困難だ。関係者は「基本的な状況は11年から変わっていない。同じことは起こりうる」と語る。

タイ最大の河川であるチャオプラヤ川は勾配が小さく、水が流れにくい。専門家は「利根川の10倍の流域面積をもつが、60分の1の水しか流せない極めて特殊な川」と指摘する。定期的に起こる洪水はかつて農地を肥沃にしてきたが、工業化が進んだ現在ではデメリットがはるかに大きい。

足元でも集中豪雨などで洪水が頻発する。タイ内務省によると、9月下旬から少なくとも32県で洪水が発生し、29万世帯以上が浸水などの被害を受けた。当局は堤防の建設や調整池の確保など対策は講じてきたと強調。排水管に詰まったゴミの除去や水門の修繕などで排水能力の向上を図るが、対応は追いつかない。

大洪水で多額の保険金の支払いに直面した保険業界は「洪水リスクが低減しているとは言い難い」と冷ややかな視線を向け、保険引き受けに慎重な姿勢を崩さない。

タイ国東京海上火災保険の林将大シニア・リスクコンサルタントは「放水地域とされていたバンコク東部に空港が建設されるなど、当初計画と乖離(かいり)が生じている」と指摘。「タイに進出する日系企業の数は増えており、部品や原料の現地調達も進む。万が一の際の被害規模はむしろ大きくなっている」と警告する。

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