岐路のイスラエル中立政策 ウクライナが支援要請

ロシア軍のドローン(無人機)攻撃にさらされるウクライナが、イスラエルに迎撃用兵器の供与を重ねて求めている。イスラエルはロシアの意趣返しを警戒し、今のところ応じていない。ただ、ロシア軍のドローンの調達元とされるイランはイスラエルの宿敵だ。イスラエルがウクライナ情勢で今後も「中立」を続けるのか、関係各国の注目が集まっている。
ロシア、「イラン製」のドローンでウクライナ攻撃
ウクライナのゼレンスキー大統領は10月24日、イスラエル紙ハーレツが主催した会合にビデオメッセージを寄せ、ウクライナ国民がイラン製ドローンに殺傷されていると訴えた。「不幸にも我々には『アイアンドーム』がない」と述べ、イスラエルの対空防衛システムの名を挙げて支援を求めた。
米国はロシアがイランから数百機のドローンを受け取る計画だと指摘した。ロシア兵がイランで訓練を受けたとの見方も示した。ミサイルを使い果たしつつあるロシアは、1機2万ドル(約300万円)程度と割安なドローンを多用し始めた。ウクライナは7割を撃墜しているというが、すべては防げない。市民の犠牲が相次いでいる。
イスラエルはパレスチナ自治区ガザからのロケット弾攻撃をたびたび受け、飛行物体を迎撃する実戦経験が豊富だ。レーダーで標的を捉えて誘導弾で撃ち落とすアイアンドームは、2021年の軍事衝突では命中率9割とされた。

ウクライナは10月18日にも、クレバ外相が防空システムの供与をイスラエルに求めた。しかし同国のガンツ国防相は「我々はウクライナに武器は売らない」と拒んだ。早期警戒システムの開発支援を申し出るにとどめている。
理由はロシアを刺激したくないからだ。イスラエルは隣国シリアで活動するイラン系の武装勢力を空爆し、自らへの脅威を減らしてきた。これはシリアに軍事介入して制空権を握るロシアの"黙認"なしにはできない。ロシアを敵に回せば自国の安全保障の前提が揺らぐ。
防御用の兵器なら敵に渡してもよい、という理屈をロシアに中東で使われても困る。イスラエルと敵対するイランやシリアにロシアが地対空ミサイルシステム「S400」を供与すれば、イスラエル空軍の優位は崩れかねない。
とはいえウクライナでイラン製兵器が「戦果」を拡大するのは座視できず、情報戦で圧力をかける構えをみせる。イスラエルのヘルツォグ大統領は26日、訪問先のワシントンで「ウクライナ攻撃に使われたドローンはイラン製」との証拠だとする情報を米高官に示した。
ロシア、見返りにイランの核開発支援も
イランは否定するが、ドローン供給はウクライナ侵攻への直接の加担だ。従来の外交的なロシアへの側面支援から一線を越える。「ロシアはイランにどう報いるか。カネだけでなく、イラン核計画への支援だろう」。ゼレンスキー氏は24日、ロシアがイランの核開発を助ける可能性があるとの見方を示したうえで、イスラエルにウクライナ側に立つよう訴えた。
イランの核開発計画は核武装につながるとの疑惑がある。現実になればイスラエルには悪夢だ。ロシアがウクライナに侵攻した2月以降、イスラエルは一時は仲介役を試み、中立の立場をとってきた。だが、「どっちつかず」がイランを利するとなれば、話は別だ。現在はその損得を冷徹に計算しているはずだ。
(カイロ=久門武史)
[日経ヴェリタス2022年10月30日号掲載]