イスラエル司法改革に抗議10万人 「三権分立脅かす」

【カイロ=久門武史】イスラエルでネタニヤフ政権による司法制度改革案への市民の抗議行動が相次いでいる。21日のデモは異例の10万人以上が参加したと報じられた。18日には最高裁が過去に有罪判決を受けた閣僚1人の罷免を要求。対立が悪化し、政治が混迷する可能性がある。
司法制度改革案は、国会が最高裁の判断を覆せるようにする内容だ。裁判官の任命でも政府の関与を拡大する。ネタニヤフ首相は「権力のバランスを回復する」と15日の閣議で強調した。2022年11月の総選挙で勝利したことで、改革が有権者の信任を得ているとも訴えた。
これに対し野党や法曹、市民は、三権分立を危うくするとして反発。今月に入り週末に3週連続の大規模デモがあった。現地報道によると21日のデモは10万人以上がテルアビブ中心部に繰り出し、参加したラピド前首相は「民主主義を守るために国を愛する人々が集まった」と強調した。北部ハイファやエルサレムなどでも抗議デモがあった。
22年12月末に新たな連立政権を発足させたばかりのネタニヤフ氏は、収賄罪などで19年に起訴され公判中の身だ。自身の有罪判決を避けるため司法の力を弱めようとしているとの臆測がくすぶるなか、政権と司法の緊張をいっそう高めたのが、閣僚罷免要求だ。
最高裁は18日、連立与党のユダヤ教政党「シャス」の党首アリエ・デリ氏の内相兼保健相への任命が「著しく不当」とし、ネタニヤフ氏に罷免を求めた。脱税の罪に問われたデリ氏は22年1月、執行猶予つきの有罪判決を司法取引で受け入れた。
基本法(憲法に相当)は有罪判決から7年間は閣僚になれないと定める。ところがネタニヤフ氏支持派は政権発足の直前、執行猶予つきの場合は就任できるよう国会で基本法を改正した。
デリ氏を閣内に取り込み、連立政権を樹立するためのお手盛りとの批判は強い。6党による連立政権は定数120の国会で64議席を握る。ネタニヤフ氏は22日、デリ氏を罷免したが、11議席のシャスが不満を強めれば政権運営は難しさを増す。
司法制度改革を巡っては、地元経済界からも懸念の声が上がる。現地メディアによるとソフトウエア企業ナイスの最高経営責任者(CEO)は「国のビジネス拠点の地位に取り返しのつかない影響を与える」と訴えた。
イスラエルはIT(情報技術)などの新興企業が勃興し投資資金を集めてきたが、知的財産や資産の保護は司法が独立した国でこそ可能だと訴えた。
イスラエルは選挙による政権交代や言論の自由があり、強権体制ばかりの中東では例外的に民主的とみなされている。英王立国際問題研究所のヨッシ・メケルバーグ氏は、パレスチナ人の抑圧で従来も「イスラエルの民主主義は問題があった」としつつ「新政権は民主主義を一段と弱めようとしている」とみる。
司法制度改革を巡る分断には、イスラエルで象徴的役割を持つにすぎない大統領も警戒を強めている。ヘルツォグ大統領は「歴史的な憲法の危機」の回避に取り組んでいるとの声明を出した。
ネタニヤフ氏の政権は極右・宗教政党と連立を組むことで国会過半数を確保し、これまでで最も右寄りとされる。ベングビール国家治安相が年初にエルサレムにあるイスラム教とユダヤ教双方の聖地を訪れてアラブ諸国の反発を招くなど、国内外で物議を醸している。