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ナワリヌイ氏「収容所」に ロシアでたまる不満のマグマ 

モスクワ支局 小川知世

反体制派指導者ナワリヌイ氏はモスクワ近郊の刑務所に収監されたと明らかにした(15日、同氏のインスタグラムから)=ロイター

「モスクワから100キロメートルの場所に本物の強制収容所をつくれるとは思いもしなかった」。ロシアの反体制指導者ナワリヌイ氏は15日、関係者を通じてSNS(交流サイト)にメッセージを投稿し、皮肉を込めて収監先の刑務所を明らかにした。

ナワリヌイ氏が当局に拘束されたのをきっかけに全国に広がった抗議デモは多数の参加者が拘束されたことで中断に追い込まれた。プーチン政権は9月の下院選にむけて反政権運動の勢いをそごうと圧力を強めている。反体制派は春の抗議再開を画策するものの、再び大きなうねりを起こせるかは不透明だ。

モスクワ近郊の刑務所に収監

ナワリヌイ氏が収監されたのはモスクワ東のウラジーミル州にある刑務所だ。収容されていた拘置所から12日に移送され、一時居場所が分からなくなっていた。同氏は受刑者の緊張した面持ちから、刑務所内で過去に暴行事件があったなどの話が「容易に信じられる」と印象をつづった。「ユーモアをもって接すれば、生きていける」ともコメントし、気丈な様子をみせた。

ナワリヌイ氏は2020年に国内で毒殺を図られて一時重体となり、1月に療養先のドイツから帰国直後に拘束された。裁判所は同氏が過去に受けた有罪判決の執行猶予を取り消し、禁錮2年6月の実刑に切り替えた。解放を求める抗議デモは近年で最大規模に膨らんだが、拘束された参加者も1万人を超え、ナワリヌイ陣営は春までいったんデモを休止すると表明していた。

ナワリヌイ氏の解放を訴える抗議は近年最大規模となり、参加者1万人超が拘束された(1月、サンクトペテルブルク)=AP

ナワリヌイ陣営は近く抗議を再開すると発表するとしている。だが、政治評論家の間では抗議の勢いを維持できるか懐疑的な見方が強い。収監中のナワリヌイ氏の国民への発信力は落ち、同氏が拘束された時のような抗議の「引き金」があるかは不透明だ。仮に大規模な抗議に発展しても、治安当局が再び参加者の多数拘束を繰り返し、反体制派側を追い詰めることも予想される。

秋の下院選にらみ攻防

攻防の舞台となるのは9月の下院選だ。ナワリヌイ陣営は与党「統一ロシア」の候補者の当選を阻むため、勝ち目がある対立候補を指定して票を集中させる「賢い投票」戦術を19年から磨いてきた。ロシアの選挙では有力な独立系候補は出馬自体が認められないことが常態化しているものの、モスクワ市議会選や一部の地方選で野党系候補の躍進につなげた前例がある。すでに各地で候補者の調査に着手し、「与党の弱点を探している」(陣営幹部のルスラン・シャベデディノフ氏)という。

政権が脅威を感じているのは間違いない。下院選は24年に予定する次期大統領選の前哨戦となり、与党が議席数を減らせば体制の安定が揺らぎかねない。13日には独立系野党の地方議員ら約200人が集まった会議に多数の警察官が押し入り、全員を拘束した。連行された民主化支援団体の代表アンドレイ・ピボワロフ氏は「理由は選挙だ」と断言する。参加者の多くが下院選や地方選への出馬を計画しており、拘束で恐怖心をあおり、立候補を思いとどまらせる狙いがあったとの見解を示した。

治安当局は独立系野党の地方議員らが集まった会合の参加者約200人を次々と拘束した(13日、モスクワ)=AP

政権は反体制派らによる発信手段であるSNSへの圧力も一段と強めている。通信監督当局は違法な投稿の削除に応じなかったとして、10日からツイッターの通信速度を制限した。16日にはツイッターが1カ月以内に対応を取らなければ、ロシアでのサービス提供を禁止すると警告した。フェイスブックやTikTok(ティックトック)などほかのSNSに対して同様の措置を取る構えも示している。

若い世代に目立つ大統領離れ

こうした強硬策が支持に反映するとは考えにくい。独立系調査機関レバダセンターが11日に発表した世論調査では下院選で統一ロシアに投票すると回答した人の割合は27%と近年で最低の水準となった。2月に実施した調査では24年以降もプーチン大統領の続投を「望まない」との回答が18~24歳では57%と「望む」(31%)を大きく上回り、若い世代ほどプーチン氏を否定的に捉えていることが浮き彫りになった。

対する反体制派も支持は限定的だ。同センターの2月発表の世論調査で、ナワリヌイ氏を「支持する」との回答は19%だった。同氏の拘束を機に起きた大規模抗議を39%が否定的に捉え、大勢が集まった理由について、参加と引き換えに「報酬が支払われたから」と考えている回答者は28%にのぼった。

ナワリヌイ氏をめぐってプーチン政権は毒殺未遂疑惑への関与を否定し、ナワリヌイ氏を「米特殊機関の支援を受けている」と主張してきた。抗議デモを欧米があおっているとの政権側の持論をうのみにしている国民も少なくないとみられる。カーネギー財団モスクワセンターのアンドレイ・コレスニコフ上級研究員は「不都合なニュースから身を守るには『外国からの干渉』とみなす方が簡単だからだ」と分析する。生活に不満はあっても、抵抗しても無駄だと冷笑的に捉え、選挙では政権側に投票する――。こんな人々がロシアではまだ一般的だとみる。

プーチン氏㊨とベラルーシのルカシェンコ大統領はともに反体制派への圧力を強めている(2月、ロシア南部ソチでスキーに興じる両首脳)=ロシア大統領府提供・AP

隣国ベラルーシでも「欧州最後の独裁者」と呼ばれるルカシェンコ大統領の退任を求める大規模な抗議が20年8月から4カ月以上にわたった。治安当局が反体制派や抗議参加者への圧力を強め、抗議は下火になっている。

コレスニコフ氏は体制を変えるには、大規模抗議だけでは不十分で、政権内部からの動きが必要だと指摘する。「エリート層は国の遠い未来に関心がないように見える」とも述べ、求心力を失いつつも現体制が続くシナリオを有力視する。蓄積した不満のマグマはどこへ向かうのか。政権も反体制派も展望は描けないままだ。

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グローバルViews

いま大きく揺れ動く、世界経済。 自分か。自国か。世界か。このコラムでは、世界各地の記者が現地で起きる出来事を詳しく解説し、世界情勢の動向や見通しを追う。 今後を考えるために、世界の“いま”を読み解くコラム。

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