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レバノン、国家「崩壊」危機 ベイルート爆発から1年

インフレで食料・電気不足 通貨価値10分の1に

食料品店内は薄暗く、冷蔵庫は空っぽだ(7月28日、ベイルート)

レバノンの首都ベイルートで約200人が死亡した大規模爆発が起きて4日で1年を迎えた。直後に内閣が総辞職を表明して以降、政治空白が続き、経済は悪化の一途をたどる。7月末には3人目となる首相候補が指名されたが、政権樹立がおぼつかなければ、国家の崩壊が現実味を帯びる。

レバノンはシリアとイスラエルと国境を接する要衝にある。イランがシーア派組織ヒズボラを通じて影響力を高めてきた。レバノンやシリア、イラクのシーア派組織を支援して「シーア派の三日月地帯」と呼ばれる勢力圏を形成し、サウジや米国、イスラエルが警戒している。

ベイルートは1970年代まで金融都市として栄え、「中東のパリ」とも言われたが、80年代の内戦で荒廃し、イスラエルの軍事侵攻も招いた。危うい宗教・宗派のバランスの上に成り立つレバノンが崩壊すれば、地政学的なリスクが高まるのは必至だ。

「チーズの値段は1年半で5倍になった。ほとんどの客は買えないわ」。7月下旬、ベイルートの商店街を訪れると、家族で食料品店を営むフーリーさん(50)はため息交じりにこう話した。かつては肉や乳製品などを陳列していた冷蔵ケースは、空っぽのままだ。電力供給も不安定といい、店内は昼間でも薄暗かった。

レバノンは借り入れによる過度な補助金制度などで財政が行き詰まり、2020年3月には債務不履行(デフォルト)を宣言した。その直後に起きたのが、死者200人超、負傷者6500人以上を出したベイルート港の爆発だ。港に保管されていた硝酸アンモニウムが起因とされるが、原因究明には今も至っていない。

この惨事を受け、当時のディアブ内閣が辞職表明に追い込まれた。その後、2度にわたって首相候補が指名されたが、いずれも組閣に失敗。政治の空転で、経済はさらに危機へと近づいた。通貨レバノン・ポンドとドルとの固定相場は事実上崩壊し、現在は2年前の10分の1以下の価値で取引されている。

食料品や燃料の多くを輸入に頼るレバノンでは、通貨安はインフレに直結する。政府の統計当局によると、20年のインフレ率は85%で、今年に入ってからは100%を超えている。中央銀行の外貨準備は底をつき、燃料もまともに輸入できなくなった。6月以降は1日の大半は停電しており、ほとんどの街灯や信号機がともることはない。

経済の立て直しには政治の安定が欠かせない。アウン大統領は7月下旬、3人目となる首相候補にミカティ元首相を指名した。それでも、ベイルート・アメリカン大の政治学者、ナセル・ヤシン教授は「ミカティ氏が組閣に成功しても、経済再生に向けた本格的な改革実行は難しいだろう」とみる。

背景にあるのが、レバノン特有の政治構造だ。イスラム教、キリスト教などの公認18宗教・宗派が政治ポストや議席を分け合う。各勢力が末端の行政組織にまで利権の網を張り巡らせており、これが改革の妨げとなっている。

爆発が起きたベイルートの港(7月29日)

こうした体制が司法や行政などを機能不全に陥らせ、港湾の管理当局が硝酸アンモニウムを長年放置する事態を招いた。「娘を殺したのはこの国の政府だ」。次女のジェシカさん(当時22)を爆発で失った元工場経営、ジョージ・バジジアンさん(60)は悲痛な声を上げる。

一向に改善しないレバノンの状況に対し、旧宗主国のフランスをはじめとする国際社会はいらだちを強める。マクロン仏大統領は4日にレバノンの国際的な支援に向けた会合を主催するが、目的はあくまで人道支援だ。国に対する本格的な支援や国際通貨基金(IMF)による財政再建スキームの策定は、新政権が発足して改革に一定のめどが付いた後になる。

元世銀幹部のエコノミスト、ジャマル・サギル氏は「このままでは本当の『崩壊』が始まりかねない」とし、ハイパーインフレや飢餓、内乱などのリスクを指摘する。レバノンは国内の各勢力がそれぞれサウジアラビア、イランなどの周辺国と密接につながる。レバノンに迫る政治・経済の危機は、対立が深まる中東のさらなる混乱要因になりかねない。

(ベイルートで、木寺もも子)

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