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50年前の黒人差別に賠償金、米市議会が可決 各地で議論

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地元住民は「歴史的な快挙」と歓迎する一方、不満の声も聞かれる(エバンストン市庁舎前で)

【シカゴ=野毛洋子】米中西部イリノイ州のエバンストン市が、過去の黒人差別に関する賠償金を支払う。市議会は22日夜、50~100年前の黒人差別制度で被害を受けた住民と子孫に計40万ドル(約4300万円)を支払う法案を賛成多数で可決した。米連邦議会やカリフォルニア州などの地方政府でも同様の討議が進んでおり、同市の試みは全米の先行事例として注目を集める。反対する声も根強く、人種差別問題の議論が一段と熱を帯びそうだ。

シカゴの北に位置するエバンストン市は、ミシガン湖に面する人口7万人強の小さな街だ。2019年に黒人差別を許した歴史を認めて謝罪し、10年間で1000万ドルの賠償金拠出を決めていた。今回の可決により賠償支払いが正式に決まり、マリフアナの販売税の3%を財源に年内にも給付が始まる。過去の黒人差別に対し公式に賠償金を支払うのは米国の都市として初めてとされる。

1919~69年の差別条例が賠償対象

市が賠償の対象とするのは、近年の差別被害ではない。1919年から69年まで続いた黒人差別を許す住宅関連の市条例の被害だ。第1次世界大戦が終結した翌年の1919年、市は黒人を市西部にある三角形の区画に強制的に居住させる条例を制定した。今でも市内を走ると、その地区は黒人街として残っている。住宅ローンの貸し渋りや不動産業者による差別も公然と行われたとされる。

この条例は公民権運動を推し進めたジョンソン大統領が住宅差別を撤廃する「公正住宅法」に署名するまで続いた。この時代に住宅差別を経験した70代の女性は「不動産業者に頼んでも白人居住地の家は見せてもらえなかった」と話す。白人の友人に家の購入を頼んだ黒人の話も聞く。

今回、1000万ドルの拠出金のうち初回40万ドルを差別的な条例の被害にあった住民や子孫に分配する。1世帯当たり2万5000ドルを上限に、住宅購入や自宅の修理費に当てることを条件に支給する。次回以降の賠償支払いには、教育やビジネス支援などの地域振興策を検討する。

「歴史的な快挙」と歓迎、不満の声も

同案を作成したロビン・ルー・シモンズ市議は、奴隷制を発端とした長年の組織的な差別が招いた白人との資産格差の是正が目的と語る。「今回の支払いで黒人全体の賠償問題が解決するわけではないが、一歩前には進める」(シモンズ氏)。

同市の黒人比率は約17%と、全米平均(約13%)より若干高い。黒人住民の間では「歴史的な快挙だ。長い間の黒人差別の解決に向けてエバンストンが先頭に立って前進できる」と評価する声があがる。ただ、歓迎一色というわけではないようだ。

市内在住の黒人女性ローズ・キヤノンさん(73)は住宅差別にあった被害者の一人だが、現在は借家住まいで住宅購入の予定もない。「公平な賠償計画に練り直すべきだ」と主張する。賠償金の申請や審査など具体的な動きはこれからだが、上限の2万5000ドルを支給した場合、40万ドルの枠で恩恵を受けられるのは16世帯にすぎず、「賠償と呼ぶべきではない」との批判もある。

全米への広がり焦点、ハードルも

今後の焦点は、同市の動きが全米にうねりとして広がるかだ。

米国では昨年、ジョージ・フロイド氏の暴行死をきっかけに人種差別に反対する運動が広がった(ミネアポリス)=AP

過去の黒人差別に対し賠償支払いを議論する地域は少なくない。西部カリフォルニア州は20年に州政府として初めて黒人への賠償を検討する州法を定めた。イリノイ州シカゴ市やノースカロライナ州アッシュビル市も検討に入っている。連邦レベルでは、奴隷制の賠償問題の検討を求める法案「H.R.40」について議論されている。30年以上前から下院に提出され続けている法案だが、19年の下院司法小委員会では公聴会で黒人有名俳優らが証言し注目を高め、今年2月にも公聴会を開くなど討議を重ねている。

だが、実現へ向けたハードルは高い。

黒人層を支持基盤とする民主党幹部は賠償問題に前向きで、バイデン米大統領も賠償問題を検討することを支持している。推進団体の全米アフリカ系米国人賠償委員会(NAARC)のロン・ダニエルズ代表は検討法案が議会を通過しない場合は「バイデン氏が年内にも大統領令を発令して検討を指示する」と期待する。

米国では折しも、20年5月にミネソタ州で起きた黒人暴行死事件をきっかけに人種差別への反対運動が広がっている。NAARCなどはエバンストン市をモデルケースに、賠償問題が一気に盛り上がりをみせ解決に向かうとの青写真を描く。

共和党反発、国民の支持2割

一方、共和党を中心に反対の声は根強い。共和党上院トップのマコネル院内総務は19年、「150年前に起きたことに対し我々に責任はない」と述べた。歴代大統領も賠償問題には慎重で、ブッシュ大統領(第43代)は03年にアフリカのセネガルを訪問し「(奴隷制は)歴史上、最も重大な犯罪の1つ」と述べたが賠償には触れていない。

米国の黒人人口は約4400万人に及び過去の差別の内容も多岐に渡るため、米先住民族や日系アメリカ人への賠償に後れを取っている。仮に奴隷制の賠償を広範に認めれば金額は巨額になる。コネティカット大のトーマス・クリーマー准教授が当時の最低賃金に基づき試算した賠償金は、2021年の貨幣価値に換算すると約20兆㌦にのぼる。これは米国の国内総生産(GDP)に相当する額だ。米議会は08、09年に奴隷制への謝罪を決議したが大きな前進はなかった。

米国初の黒人大統領であるオバマ氏(民主党)は2月に配信したネット番組で「米国の富のかなりの部分は奴隷の働きによって得られた。賠償は正当と考える」と話した。しかし「白人の敵対的な政治環境のもとで(賠償は)成功の見込みがなく、踏み込めなかった」と実現の難しさも振り返っている。ロイター通信などが20年に実施した世論調査では、奴隷制の賠償金を税金で支払うことに賛成したのは全体の2割にすぎず、国民の支持が低いのも実情だ。

白人と黒人の格差をめぐり、奴隷制度という負の歴史も含めて直視する機運が高まるのか。かつてない分断からの修復作業に追われる米国にとって、古くて新しいテーマが重みを増す。

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