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幸福度は社会の「体温」 キャロル・グラハム氏

成長の未来図インタビュー 米ブルッキングス研究所シニア・フェロー

米国の白人貧困層には信じがたいほどの絶望が存在する。彼らは米国の社会で不利な立場にあるグループでは決してない。しかし過去20年間、白人労働者層は製造業の衰退に伴って没落してきた。

白人労働者層は製造業の雇用を特権的に得られ、長いこと「アメリカン・ドリーム」が身近だった。それが収入だけでなく誇りの源であり、良い仕事、中間層の生活、会社、労組というライフスタイルが構築されていた。

企業が飲食業などの地元経済を支えてきた地方の町では、製造業の衰退に伴う雇用喪失と共にライフスタイル全体が消失してしまった。国民皆保険制度がない米国では、職を失えば医療保険も失う。

ヒスパニック(中南米系)などのマイノリティー(少数派)は、長く差別の対象だっただけに、私が「共感のコミュニティー」と呼ぶ地域の支援の輪、独自のセーフティーネット(安全網)を構築してきた。

一方で白人労働者層は「政府の助けやセーフティーネットなどいらない。米国は自由と機会の国だ」「貧困は自己責任」といった米国的な個人主義を信奉する。それが裏目に出た。

高等教育に対する考え方の格差もある。私の調査によると、黒人貧困層には困難にもかかわらず大学進学を志す若者が多く、家族の中にそれを支援する人がいる。しかし白人貧困層の若者は高校以上の教育を目指さない傾向がある。親も励まそうとしない。絶望が次世代に受け継がれてしまうことを懸念する。

こうした絶望を抱えた層は、陰謀論や過激思想に染まりやすく、自らの苦境を他人のせいにする。残念ながら歴史で繰り返されてきたことだ。特に自分より下に見ていた者たちが追いついてくればなおさらだ。こうした傾向は人種差別的な考え方につながり、トランプ前米大統領はそれを利用した。

似たような状況は英国が欧州連合(EU)から離脱した「ブレグジット」時の英国や、東欧でもみられる。ただ、米国の状況が特に深刻なのは、格差がより大きいことや医療保険などの社会保障が欠如していること、医療用麻薬「オピオイド」の乱用拡大、そして銃の入手が容易だという事実がある。絶望した白人低所得者層がオピオイドや銃を手にした結果が「絶望死」の増加だ。

米国では公共交通機関が発達した都市部に住んでいない限り車が必要不可欠だ。コロナ禍ではオンライン教育の機会が増え、インターネットがなければ子供の教育も不可能だ。日常生活における生活への物質的な要求が大きく、地域の支えも少ない。

豊かな国で貧しいというのは苦しいことだ。スウェーデンのように社会保障が発達した国々とは異なり、米国では苦難が大きい。

米国も英国やニュージーランドのように、統計に国民の心身の健康や働きがいなどを含めた「ウェルビーイング」の指標を取り入れるべきだろう。そうしたことがあれば経済だけでなく社会の「体温」を測ることができる。

(聞き手は芦塚智子)

Carol Graham 1962年生まれ。ブルッキングス研究所シニア・フェロー。世界銀行チーフエコノミスト室勤務のほかIMF副専務理事特別顧問などを歴任。著書「人類の幸福論」で、所得などでは測れない「幸福感」のとらえ方を示した。
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資本主義が3度目の危機にぶつかっている。成長の鈍化が格差を広げ、人々の不満の高まりが民主主義の土台まで揺さぶり始めた。戦前の大恐慌期、戦後の冷戦期と度重なる危機を乗り越えてきた資本主義は、また輝きを取り戻せるのか。成長の未来図を描き直す時期に来ている。

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