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ドジャース元監督ラソーダ氏が死去 野茂氏活躍の恩人

(更新)
ドジャースの監督を約20年務めた名将トミー・ラソーダ氏(左)。野茂氏が1995年に入団した際の監督で、大リーグでの活躍を支えたことで知られる=AP

【ニューヨーク=宮本英威】米大リーグ、ドジャースの監督を約20年務めた名将トミー・ラソーダ氏が1月7日夜、死去した。93歳だった。野茂英雄氏が1995年に入団した際の監督で、大リーグでの活躍を支えたことで知られる。97年には野球殿堂入りした。

ラソーダ氏は野茂氏のドジャース入団時の監督だった(2013年9月、ロサンゼルス)=AP

27年に米ペンシルベニア州に生まれ、現役時代は投手だった。引退後はスカウトやマイナーの監督を経て、76~96年にドジャースの監督を務めた。監督としては1599勝をあげ、4度のリーグ優勝、2度のワールドチャンピオンに輝いた。

退任後も球団副社長やオーナー特別顧問として「球団の顔」だった。背番号2は永久欠番だ。「私の体にはドジャーブルーの血が流れている」との名言でも知られる。2000年のシドニー五輪ではマイナーリーグの選手を率いて、米国代表を金メダルに導いた。

ドジャースのオーナー、マーク・ウォルター氏は声明で「球団と野球の偉大なアンバサダー(大使)で、選手とコーチのメンター(相談者)だった」と惜しんだ。

始球式に登板したラソーダ氏(2018年10月、ロサンゼルス)=USAトゥデー

日本の野球界の発展に寄与したとして2008年には「旭日小綬章」を受章した。1960年代にはゲストコーチとして巨人を指導し、旧近鉄の球団アドバイザーを務めたこともある。

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