歴史教育が「分断」の火種に 米テキサス州で児童書撤去

【ニューヨーク=山内菜穂子】米国で歴史教育が新たな社会の「分断」の火種になっている。南部テキサス州の学校が人種差別の歴史を誇張しているなどと保護者に批判された児童書の利用を取りやめた。共和党が地盤を持つ地域では学校で教える内容に制限を加える動きが相次ぎ、全米で論争が過熱している。
テキサス州の小学校が利用を一時的に取りやめたのは、作家ジェリー・クラフト氏の児童書。同氏のホームページによると、有色人種の少年が白人の子どもが多く在籍する私立学校に通い始め、とまどいながらも地元や学校で友人との関係を築く内容だ。
地元メディアによると、小学校は4日に同氏を招いてオンラインイベントを開催する予定だった。これに一部の親が「不適切な教材」などとして反発。イベントの中止と本の撤去を求め署名活動を開始し、学校側が応じた。
クラフト氏は声明で、自身がアフリカ系米国人としてニューヨーク市で育った点に触れつつ「本の登場人物がみせる優しさや理解を、幅広い年齢の読者が日常の生活で見習ってくれることを期待する」と語った。
今回、論争の中心となっているのが「批判的人種理論」とよばれる考え方だ。人種差別の根源は社会のしくみや制度に内包しているという主張で、大学や大学院で1970年代から議論されてきた。
2020年5月、中西部ミネソタ州で黒人男性が白人警官の暴行により死亡した事件が発生し、「ブラック・ライブズ・マター(黒人の命は大切だ)」運動が各地で広がった。マイノリティー(少数派)の権利を求める声の高まりに危機感を抱いた保守派が、同理論を問題視。トランプ前大統領も討論会などで同理論の批判を繰り返すようになった。
南部フロリダ州やテキサス州などで、同理論に関連する内容を学校で教えることを禁じる州法が相次いで成立。テキサス州のアボット知事は9月、さらに規制を強める法律に署名した。中西部ウィスコンシン州議会も9月、同様の法案を可決した。
米教育メディアの調査によると、これまでに少なくとも12州が人種差別や性差別などについて教えることを制限する法律などを制定したという。さらに多くの州で共和党の議員が同様の法案を州議会に提出している。
「批判的人種理論は公立学校で教える範囲をはるかに超えており、実際には教えていない。それでも多くの学校関係者が攻撃を受けている」。全米教育委員会連盟は9月29日、バイデン大統領に書簡を送付し、学校現場への支援を訴えた。
社会の分断をさらに深めかねない局面で、連邦政府は難しい対応を迫られている。
ガーランド司法長官は4日、同理論そのものに言及せず、学校現場への暴力的行為に対処する方針を明らかにした。「政治的なポリシーに関する活発な議論は憲法で保護される」と指摘した上で、暴力に立ち向かう姿勢を強調した。