中国少子化対策、家庭教師も禁止 塾規制「代替策」封じ

中国政府が少子化対策を矢継ぎ早に打ち出している。育児休暇の拡充や子育て手当など王道の政策だけではない。家庭の教育費を減らして出生数の増加につなげることを目的に始めた義務教育向け学習塾の規制は、家庭教師の禁止にまで及んだ。女性の地位向上に関する計画には「人工中絶の減少」という記述が盛り込まれた。なりふり構わぬように見える対策は人口減少への危機感の表れでもあるが、庶民には困惑が広がっている。
「家事サービスといった名目で(講師が児童・生徒の自宅を訪れて)行う授業、カフェなど(教室以外に)場所を変更しての個別、集団授業は調査して処分する」――。中国教育省は9月、学習塾規制を強化する新たな通知を出した。
全ての夫婦に3人目の出産を認めた中国政府は、出産奨励の具体策を練り始めた。代表例が教育コストの低減だ。中国の学歴重視ぶりは「高考(全国統一大学入試)の数点の差が人生を左右する」と言われるほどだ。激しい受験競争は塾通いの需要を急拡大させ、高騰する塾代が子育て世帯の家計を圧迫してきた。夫婦が2人目や3人目の出産をためらう大きな要因だ。
習近平(シー・ジンピン)指導部はこれにメスを入れた。小中学生向けの塾を対象に、塾講師の給与を公立学校の教師並みに抑えるよう制限を課し、塾代は地方政府ごとに標準価格を設ける。教育コストを削減するため、授業料の単価引き下げだけではなく、授業のコマ数も規制する。休日や夏休み、冬休みの授業も禁じた。
中国では「上に政策あれば下に対策あり」という俗語がある。政府が禁止や制限をしても法規則に抵触しない代替策があるという意味だ。家庭教師なども規制する9月の通知は、規制の抜け道すら徹底して塞ぐ。衝撃は塾業界だけでなく、子育てをする親にも広がった。一人っ子世帯が多く、親や祖父母の教育熱が極めて高いからだ。
「進学校の高校に入れてやりたいのに、中学生になっても家庭教師すらダメとは」。北京市で母として小学5年生の女児を育てる張さんは不安を隠さない。「今度ばかりは(下の)対策がないかも」とため息を漏らす。
少子化対策への政府の本気度が認識されるなか、国務院(政府)が9月に出した政府文書も庶民の困惑や反発を呼んだ。「医学的な必要がない人工中絶は減らす」。女性の地位向上に関する2030年までの長期計画に盛り込まれた一文だ。
文言が記載された項目は、男女で避妊の責任を共有するといった性教育の充実に関するものだ。当局は望まない妊娠に伴う中絶を減らすという意味で盛り込んだとみられる。ただ前後を句点で区切った一文はネット上で切り取られ、「女性は自分のことを第一に考えてはいけないのか」「人口を増やすのにそこまで苦心を重ねないといけないのか」と反発が広がった。

中国の20年の出生数は1200万人だった。1949年の中国建国以来最少だった61年(1197万人)にほぼ並んだ。少子化はさらに進みそうだ。米ウィスコンシン大の易富賢研究員は2020年に2億5300万人いた14歳以下の人口が50年には1億2900万人へ半減すると予測する。
「都市部で子育てするなら夫婦共働きは必須だ。保育園や託児所が決定的に不足している状況では3人目は難しい」。北京市に住む2児の母、倪さんは語る。政府も保育サービスの充実を掲げるが、時間はかかる。対照的に少子化は急速に進む。食い止めようとする政府が今後どのような追加策を示すか。倪さんは「やり過ぎに見える政策は庶民の困惑や動揺を呼ぶだけで、根本的に少子化を止める力はない」とつぶやく。
(北京=川手伊織)
[日経ヴェリタス10月10日号より]