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加州知事リコール、民主主義の欠陥(The Economist)

The Economist

米カリフォルニア州のニューサム知事を紹介する記事は、彼の魅力的な外見にふれることが多い。それはこの長身で柔和な53歳の民主党の知事がハリウッド俳優のような白く輝く歯を持ち、品良く白髪が交じった髪をオールバックにしているせいだけではない。その見栄えの良さがエリート政治家を象徴しているためだ。

ニューサム氏の出世を支えたのはカリフォルニア流の猛烈な野心と縁故主義だ。同氏がビジネスに乗り出した頃、米有数の資産家であるゲッティ家のメンバーが支援した。飲食・小売業で一大帝国を築いた後、他の裕福な友人一族の支援も受けてサンフランシスコで100年ぶりの最年少市長になった。市長時代には同性婚を推進し「マクホッティ市長」(編集注、「魅力的」の意味のhotを愛称にしている)と呼ばれた。州知事になるのは確実だった。

だが、この民主党のプリンスのキャリアが非常に屈辱的な形で終わりを迎える可能性が出てきた。同氏の解職請求(リコール)の賛否を問う住民投票が9月14日に実施される。3年近く前、24ポイントの差をつけて当選したが、世論調査によると、同氏が解職される可能性は五分五分という。

新型コロナウイルスの感染が急拡大し、失業者やホームレスが急増、州史上最悪クラスの山火事が続くなか、同氏は6000万ドル(約65億円)を投じてサバイバルキャンペーンに乗り出している。本誌(The Economist)による先週のインタビューでは、彼は明らかに疲れており、懸念を強めていることが分かった。

ニューサム氏は「とんでもない事態だ」とこぼした。直前に開いていたズーム会議で黒人女性100人の後援会関係者にハッパをかけていたときとは打って変わって疲れた様子をみせた。「世論調査で悪い結果が続けば、調査は当てにならないと一蹴するのが普通だろう。だが、私はそうは思わない。私がこの目で見た向こうの勢いがそのまま数字に表れている」

ニューサム氏には解職されるべき明らかな事由がないだけに、その命運は注目に値する。カリフォルニア州知事としては期待に沿った実績を残してきた。パンデミックの前には貧困層向けの税控除の拡大や死刑執行の一時停止など進歩的な政策を打ち出し、新型コロナの発生後には極めてしっかり対処した。ロックダウン(都市封鎖)措置は住民のいら立ちを招いたものの、支持率はおおむね好調で、今も変わらない。それだけに今の苦境が奇妙に思えるが、仮にニューサム氏が敗北したらどうなるかを考えてみよう。

世界各国と比べても5位に相当する経済規模を誇り、米国で最も進歩的とされる州のかじを取るニューサム氏の後継者として有力視されているのはトランプ前米大統領を信奉し、過激な発言で注目を集めるラジオ番組の司会者、ラリー・エルダー氏だ。低所得者向けの公的医療保険「メディケイド」の縮小を求め、銃規制に反対し、気候変動を「でたらめ」だと言う人物だ。

リコール投票を企てた共和党の活動家でさえ、エルダー氏は知事には不適格だと断言している。エルダー氏と最近まで交際していた女性は、大麻で気分が高揚した同氏から銃を突きつけられたと訴えており、知事などとんでもないと言う。どうしてこんな事態になったのか。

直接民主主義の狂気

それを説明するなら、カリフォルニアの直接民主主義の狂気ということになるだろう。他の州にも住民投票はあるが、カリフォルニアでは発議や住民投票、リコールが非常に多く、有権者は実質的に政府の第4の権力になっている。これは進歩主義時代(編集注、米国で政府浄化運動が進んだ19世紀後半~20世紀前半の時期)に不公正な利益誘導に歯止めを掛けるためにつくられた制度だ。

だが、住民投票の実施に必要な署名数が比較的少ないことから、制度が特定の利害関係者に牛耳られてきた経緯がある。今回、この制度を利用しているのは共和党だ。通常の知事選では勝ち目のない共和党が、この制度を活用して利益を得ようとしている。有権者の12%にあたる署名を集めるだけで、晴れて民主党政権を揺るがす機会を手に入れることができるのだ。

ニューサム氏がリコールを逃れるには50%以上の信任票を獲得する必要がある。これは平時でも容易ではない。若者や非白人の比率が高い民主党支持者は、年配者や白人が多い共和党支持者よりも投票率が低い。しかも、民主党による支配が続いてきたカリフォルニア州では、民主党有権者の危機感は乏しく、人気を呼ぶ政策は展開しても、リスクを取ろうとしない政治家ばかりを生んできた。

ニューサム氏は、やはりサンフランシスコが地元のハリス米副大統領と同様に、大統領の座を狙う野心を持っているとされるが、その政治スタイルもハリス氏に通じる面がある。重大な問題を解決するよりも、民主党のあらゆる会派の支持を取り付け、誰の怒りも買わないようにするというやり方だ。そのため、支持基盤は浅く広く、今のように厳しい状況になると脆弱だ。

ニューサム氏のリコールを支持する人の大半は共和党員だが、同氏のコロナ対応には多くの無党派層や民主党支持者も不満を募らせている。ニューサム氏は「確かにこれまでの対応は大変だった」と認める。「私自身、十数社の中小企業を営んできた。人々が私に中傷や非難を向けているのは理解している」と語る。

こうした怒りの格好の標的になるのが金ぴかのプリンスの不幸だ。それゆえに、ニューサム氏が昨年、ロックダウンに違反して高級フレンチレストランで会食した件は、エリートの偽善ととらえられ、今回のリコールでこれほどまでに大きな打撃を生む結果となっているのだ。

ニューサム氏が続投できるかは民主党員の結集にかかっているが、エルダー氏もこれに一役買うだろう。ニューサム氏は女性の後援会関係者に「エルダー氏はトランプ氏でさえ赤面するようなことを言っている。重大な問題だ」と訴えかけた。

エルダー氏が後任の最有力候補になったのは、ニューサム氏が民主党内に自分に代わって当選できるような候補を確保できていないのも一因だ。だが、それ以上に別の構造的な欠陥がある。ニューサム氏が半数以上の信任票を獲得できなければ、同時に実施される投票で四十数人に上る後任候補の中で最も得票の多い候補者が知事になる。

言い換えれば、ニューサム氏が49%の信任票を獲得したとしても、得票率が20%に満たない取るに足りない人物が知事に選ばれる可能性があるということだ。今のエルダー氏の世論調査の支持率はこの水準にある。

問題ある仕組みの修正を

これよりひどい民主主義の仕組みは考えられない。民主党内に、制度改革を検討する動きがあるのは救いだ。まずリコール実施に必要な署名数の基準を大幅に引き上げるべきだ。リコールの投票と後任知事を選ぶ投票を分離し、後任選びをよりまっとうなものにするのも良策だろう。

今の苦境の責任がニューサム氏自身にないとは言い切れない。それでも、今、問題とすべきは同氏の欠点ではない。カリフォルニア州の保守派が相互自制という長い伝統に終止符を打ち、民主主義に組み込まれたおかしな仕組みを自らを有利にする武器に利用しようとするなかで、現職知事の地位が脅かされている。

カリフォルニア州に限らず、民主党はこうした奇策に打ち勝とうとしてもっと深い洞察力を持ったリーダーを発掘しようとする前に、問題のある仕組みを修正すべきだ。

(c) 2021 The Economist Newspaper Limited. August 31, 2021 All rights reserved.

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