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後退する民主主義 挽回への希望(The Economist)

The Economist

11月の米大統領選の投票日以降、トランプ米大統領は選挙結果を覆そうと様々な策をめぐらせてきたが、米国の民主主義がこれに屈服するような気配は全く感じられなかった。トランプ氏は同月23日「米国史上最も腐敗した選挙」との批判を再度繰り返しながらも、民主党のバイデン前副大統領への政権移行業務の開始を容認した。

大統領選の結果を覆そうとするトランプ氏の試みは奏功していない(11月26日、ホワイトハウス)=ロイター

脅威はクーデターでなく現政権

トランプ氏や同氏を甘やかした共和党の指導部が米国の民主主義に打撃をもたらしたのは事実だ。共和党支持の米有権者の5人に4人が「(バイデン氏に)票を盗まれた」と考えているという調査結果が示すように、公正な選挙への信頼が揺らぎ、バイデン氏は始まりから不当な重荷を背負わされた。今後の米国での選挙では、投票結果が僅差の場合に実施される票の数え直しや勝者の認定といった通常業務は、両陣営の争いそのものに巻き込まれるリスクをはらむことになる。これは、米国の民主主義における党派的分断のさらなる深刻化につながる。

米国のみならず、民主主義の後退は世界的にみられる。ソ連崩壊によって世界の多くの国で質の高い自由民主主義が開花したが、その傾向は今では逆行している。本誌の調査部門エコノミスト・インテリジェンス・ユニット(EIU)は2006年から世界の民主主義指数をまとめているが、19年の指数は調査開始以来最低となった。今年は新型コロナウイルスの感染拡大によってさらに悪化したとみられる。

しかもこの脅威をもたらすのは軍事クーデターではなく、各国の現政権だ。このままでは、たちの悪い指導者たちが民主主義を骨抜きにしてしまうかもしれない。様々な国で規範と制度の退廃が統治の質の劣化を招いている。この流れを変えるには、そうなった根本的な原因を理解する必要がある。

トランプ氏や同氏に近いポピュリストの指導者たちが台頭したのは、各国の民主主義的な政府の弱点や失敗にさらされた民衆がそれに反発してとった行動の結果だということを理解すべきだ。先進国では生活水準が改善しないことを背景に移民の増加への不安が高まり、労働者階級の有権者は政治家が自分たちのことを全く気にかけていないと考えるようになった。

こうした中で、政治家たちは民衆の苦しみが重要な課題であることを有権者に示すため、人々の人種や社会階級といったアイデンティティーに訴えかける作戦に出た。これがもたらした変化は劇的で、各国で昔からの有力政党が大打撃を受けた。

こうしたアイデンティティー政治は特定の政党を支持するテレビやラジオの後押しもあり、政治離れが進んでいた有権者を政治参加へと再び引きつけた。「政治参加」は、EIUの民主主義指数の算定に組み入れられる複数の要素の中で、06年の調査開始時に比べて改善している唯一のものだ。先の米大統領選でも、バイデン氏とトランプ氏はいずれも歴史上どの大統領候補より多くの票数を獲得した。アイデンティティー政治は政治離れという民主主義の問題の一つを解決したが、新たな問題を生み出した。

アイデンティティー政治で歩み寄り困難に

人種など個々人のアイデンティティーが変わることはない。そのため、その点を強く訴えて支持を求める政治手法だと、民主主義のもとで社会的対立を解決するために必要な寛容と歩み寄りの精神から人々を遠ざけてしまう。政治から誰がどのような恩恵を受けるかという議論ならば、人々は互いの妥協点を見つけて結果を受け入れることができる。だが、宗教や人種など誰がどのような人なのかという議論では、相手に妥協すれば裏切り行為と捉えられかねない。自分たちの生き方そのものが脅かされるとなれば、相手は単に間違った考えをしているというだけでなく、自分たちにとって危険な存在となる。かつて無関心が最大の懸案であった選挙が、今や必要以上に重くのしかかる。

このアイデンティティーという囲いの中で熱狂的な支持者となった集団を「トライブ(部族)」と呼ぶが、一部の国の指導者はトライブの忠誠心の高さを使って数にものをいわせ、自国の権力をチェックするはずの機関や制度を骨抜きにしている。トルコのエルドアン大統領は民主主義の手続きによって得た権力は絶対的であるかのように振る舞い、自分に反対する勢力を国家の敵として糾弾してきた。

米国で民主主義を維持するための制度や機関は、司法や行政の実務を担う人々のプロ意識によって守られてきた。彼らの多くは先人たちが積み上げてきた行動基準を守るべきだと感じている。トランプ氏が大統領選挙の結果を覆そうとしても全く歯が立たなかったのは、無数の人々が自分の職務を遂行したからだ。

アイデンティティー政治が米国にもたらす弊害は主に憎悪と膠着状態という形をとる。政治は社会の対立を解消するためにあるはずだが、民主主義はそれどころかより一層の対立を生み出している。トライブはその構成要員がそれぞれの情報世界に生きていることもあり、マスクの着用や気候変動といった厳然たる事実である事柄も自分の生き方が問われる問題へと変容してしまう。その結果、米国の政治は再び、新たな状況にうまく対応できない状態に陥った。アイデンティティー政治が人々をあまりに激しくあおるため、社会として前進していくために必要な妥協や譲歩の道を閉ざしてしまうのだ。

これに対する不満が募り、民主主義が崩壊するのではないかと危惧する向きもある。それでもなお、希望が持てる理由はいくつもある。民主主義の強みの一つは、やり直しの機会がいくつもあることだ。選挙を実施できる限り、現政権が票を不正にかき集められる国でもならず者を権力の座から追い出せる可能性は常にある。ハンガリーとポーランドでは、政府による抑圧と指導者の周りを取り巻きで固める「お友達政治」に抗議して有権者が声を上げ始めた。19年の欧州議会選では大衆迎合的な政党は予想以上に苦戦した。振り子はすでに戻り始めているのかもしれない。

20年以上も強権的な統治が続いたベラルーシでも民主化を求めるデモが続いている(11月20日、首都ミンスクで開かれた反政権集会)=ロイター

結果重視の政治への回帰を

民主主義は変幻自在でもある。米大統領選ではトランプ氏と共和党が一部でヒスパニック系や黒人の票を集めた。19年の英総選挙では、伝統的に労働党を支持してきたイングランド中部の多くの選挙区で与党保守党が議席を奪った。こうした流動性がこの2国の政治には必要だ。左派であれ右派であれ、安住していた要塞のような「トライブの囲い」から出て、アイデンティティー政治から結果重視の政治へとシフトしていくための動機付けになるからだ。

民主主義は善きにつけあしきにつけ、超大国の米国と命運をともにする。米国は自らが模範となり、その信念を他国に広めることで民主主義の発展を支えてきた側面もある。バイデン氏は国内では司法省の独立性など民主主義の規範を回復させる試みに着手するだろう。対外的にはトランプ氏のように独裁者や暴君を甘やかすことはないだろう。米国は国際社会の覇権争いをテコに民主主義を推し進めることも可能だ。中国とのテクノロジー面の競争で先んじるため他国と同盟を結ぶ必要があれば、民主主義はその旗印になる。

何よりも、民主主義は人々が求めてやまないものだ。ベラルーシでは毎週末、人々が自分の自由や生命を危険にさらしてでも街頭へと繰り出し、自らの指導者を選ぶ権利を奪っている独裁者への抗議運動を続ける。香港やスーダンでも同様のことが起きている。こうした熱意こそ、投票所に向かう世界中の市民が抱くべきものだ。

(c)2020 The Economist Newspaper Limited. November 28, 2020 All rights reserved.

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