シンガポールが水素発電にカジ 2050年5割、企業呼ぶ - 日本経済新聞
/

シンガポールが水素発電にカジ 2050年5割、企業呼ぶ

ASIA政策ナビ

【シンガポール=谷繭子】シンガポールが2050年までに発電燃料の最大半分を水素にする戦略を打ち出し、関連企業が開発のアクセルを踏み込む。政府は9割を超える天然ガス依存の解消や脱炭素をにらみ、水素発電所や供給網の実用化を支援。地元大手ケッペル・コーポレーションや三菱重工業など海外勢の技術を呼び込む。石炭依存が高い周辺国のエネルギー政策にも影響しそうだ。

「次代のフロンティアに」

「水素が次代のフロンティアになりうる」。シンガポールのローレンス・ウォン副首相は同国で開いたエネルギー関連の国際会議で強調した。

水素は燃焼時に二酸化炭素(CO2)を出さない。再生可能エネルギーで水を分解した「グリーン水素」は生産時の排出量もゼロとみなせる。天然ガスや石炭と同様、燃焼エネルギーでタービンを回して発電できるが、水素は不意の引火のリスクが高く扱いにくい。大規模な発電用タービンは開発途上で、最適な輸送方法も確立していない。

シンガポールは50年までのカーボンニュートラル(温暖化ガス排出実質ゼロ)達成を目指している。「次の首相」と目されるウォン氏は22年10月のこの会議の場で、水素を主力電源に据えることを柱とする「国家水素戦略」を打ち出した。技術革新が進めば50年までに電力需要の最大半分を水素で賄えると意気込む。

さらに23年1月にはエネルギー市場監督庁が規制の策定に着手した。新設・更新するガス火力発電所について、燃料の30%以上まで水素を混ぜて燃やせる設備を義務付ける規制案を業界に提示、意見聴取を始めた。いずれは水素への全面切り替えを求める案も示した。

一方、安全性とコスト効率の高い水素供給ネットワークをつくるため、政府は①水素発電所の開発②世界的な供給網の整備③研究開発――の3点で企業を側面支援する。

ケッペルやセムコープが旗振り役

企業側で旗振り役となるのがシンガポールの政府系大手や、水素技術で先行する日本企業だ。

ケッペルは三菱重工業やIHI系と組み、ジュロン島にシンガポール初となる水素対応の発電所の建設を決めた。総工費は約750億円。発電能力はやや小型の原子力発電所1基に相当する60万キロワット。26年前半を目指す稼働当初は天然ガスを主な燃料とし、徐々に水素の混合量を増やす。

地場政府系のセムコープ・インダストリーズはIHIとグリーン水素からつくったアンモニアの供給網を構築する。アンモニア燃料による発電などの事業化調査で合意した。

セムコープはまた、千代田化工建設の水素貯蔵・輸送技術を活用し、オーストラリアや中東から年間6万トンの水素をジュロン島の施設に輸入する方向で検討を始めた。輸送規模はアジア最大となる見込みだ。

ケッペル、セムコープはそれぞれ主力だった石油掘削リグ建造から、再生エネなど環境配慮型の事業に軸足を大きく移している。水素事業の強化もこの事業再編の一環だ。ケッペルは太陽光、風力、水力の再生エネ発電能力を22年の260万キロワットから30年に700万キロワットに高める計画。水素発電が軌道に乗れば脱炭素も加速できる。

ガス・再エネ輸入頼みにリスク

シンガポールが水素シフトに乗り出す背景に、天然ガスへの過度な依存がある。脱炭素の足かせとなるほか、大半を輸入に頼ることからエネルギー安全保障でもリスクが大きい。最近は市況変動の影響が直撃し、家庭の電気料金は21年初めから1年半で45%上昇した。

再生エネを振興するため狭い国土の隅々まで太陽光発電パネルを設置してきたが、拡大余地は小さい。22年には再生エネ電力の輸入を開始したものの、今のところ輸出に積極的な国はわずかだ。

そこで目をつけたのが水素だ。ウォン副首相は「世界で新規事業の準備が進み、商用化が近い」と語った。小国の機動力を生かして水素の輸送・貯蔵・発電のインフラを整備。関連産業の「ショーケース」として有力企業や資金を引き寄せたい狙いも透けてみえる。

ハードル越えられるか

もっとも、水素シフトにはハードルがある。南洋理工大学のチャン・シウホア教授は「水素戦略は官民の高い関心を集めており実現可能だ」としながらも「シンガポールは再生エネが限られ、グリーン水素の現地生産は困難」と指摘する。水素の輸入に依存すればコストが膨らみ、安全調達への不安も残る。

そこでケッペルは隣国インドネシアで水素の低コスト生産を探る。シンガポールに近いスマトラ島で地元国営石油会社や米シェブロンと組み、地熱を活用して年4万トン規模でグリーン水素をつくる構想だ。

脱炭素や電源改革が課題の東南アジア諸国連合(ASEAN)の加盟国はシンガポールの取り組みを注視する。ASEANエネルギーセンター(本部ジャカルタ)のベニ・スルヤディ氏は「水素供給網のハブを目指すシンガポールが生産・貯蔵・輸送技術の開発をけん引すれば、域内の水素経済を底上げできる」と指摘。「域外の投資家を呼び込む役割も果たす」と波及効果を期待する。

アジア、水素の最大消費地域に


 アジアは世界で最大の水素消費地域になることが確実視されている。世界の水素関連企業でつくる「水素協議会」と米マッキンゼー・アンド・カンパニーがまとめたリポートによると、2050年の世界の水素・派生品の需要は6億6千万トン。中国、日本、韓国、インドの4カ国だけでも全体の4割以上を占める。
 日本や韓国は需要の大半を輸入でまかなうことになる見通しだ。生産国と連携しての運搬方法の確立や、供給網の整備が課題となる。
 水素生産・輸出の要として台頭しようとしているのがオーストラリアだ。石炭や天然ガスといった化石燃料の一大輸出国ながら脱炭素への移行をにらみ、19年に「国家水素戦略」を策定。30年までに主要輸出国になることを目指している。
 クイーンズランド州やタスマニア州などで水素の生産・輸出拠点をつくる計画が複数あり、豪政府の投資額は5億2500万豪ドル(約480億円)に上る。鉄鉱石大手のフォーテスキュー・メタルズ・グループや石油・ガス大手のウッドサイド・エナジー・グループも豪国内で水素生産の計画を進めている。
(シドニー=松本史)

春割ですべての記事が読み放題
有料会員が2カ月無料

関連トピック

トピックをフォローすると、新着情報のチェックやまとめ読みがしやすくなります。

セレクション

新着

注目

ビジネス

ライフスタイル

新着

注目

ビジネス

ライフスタイル

新着

注目

ビジネス

ライフスタイル

フォローする
有料会員の方のみご利用になれます。気になる連載・コラム・キーワードをフォローすると、「Myニュース」でまとめよみができます。
新規会員登録ログイン
記事を保存する
有料会員の方のみご利用になれます。保存した記事はスマホやタブレットでもご覧いただけます。
新規会員登録ログイン
Think! の投稿を読む
記事と併せて、エキスパート(専門家)のひとこと解説や分析を読むことができます。会員の方のみご利用になれます。
新規会員登録 (無料)ログイン
図表を保存する
有料会員の方のみご利用になれます。保存した図表はスマホやタブレットでもご覧いただけます。
新規会員登録ログイン

権限不足のため、フォローできません