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日中、切り離せぬ経済関係 有事の備えに猶予なく

日中50年の岐路(下)

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1972年9月の日中国交正常化に先立ち、動いたのは経済界だった。

日米間の貿易摩擦に悩み始めた日本の経営者が商機ありと目をつけたのが隣国、中国。71年9月に関西財界代表団が、翌年8月に新日本製鉄(現日本製鉄)社長の稲山嘉寛氏を団長とする財界人が相次ぎ訪中して周恩来首相と会談。政治の流れを後押しした。

稲山氏が建設に全面協力した宝山鋼鉄の製鉄所「上海宝山基地」は50年前の国交正常化のシンボルだ。...

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