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投資集める金融IT 過大評価も(The Economist)

The Economist

スタートアップの創業者やその企業に出資するベンチャーキャピタル(VC)には大言壮語がつきものだ。自分の最新プロジェクトの伝道者になる人は珍しくない。それにしても、今、金融とIT(情報技術)を融合させたフィンテックの分野は大量の資金が流入する異例の状況にある。

モスクワのカフェでもアップルの決済サービス、アップルペイが利用されている=ロイター

米調査会社CBインサイツによると、2021年4~6月期のVCのフィンテックへの投資額は340億ドル(約3兆7千億円)と四半期ベースで過去最高を記録した。今年の全VC投資額の2割がこの分野に投じられた計算だ。

米調査会社ピッチブックによると、21年のVCによるフィンテック企業への投資のエグジット(投資回収)の勢いはすさまじく、この分野の株式売却は7月6日までで700億ドルと、半年で20年通年の2倍近くに達した。新規上場した会社は32社。1~3月期にフィンテック企業が絡む合併は372件あり、うち21件が10億ドル以上の案件だった。

この数週間で、米クレジットカード大手のビザがスウェーデンの決済プラットフォーム、ティンクを18億ユーロ(約2330億円)で買収し、米銀最大手JPモルガン・チェースがESG(環境・社会・企業統治)投資ツールを手掛ける米オープンインベストの株式取得を発表した。JPモルガンが最近の半年で傘下に収めたフィンテック企業は3社目。預金者と銀行をつなぐドイツのレーズンとデポジット・ソリューションズなど、新興勢の合併も相次ぐ。

新規株式公開(IPO)もある。7日にロンドン証券取引所に上場した英国際送金ワイズの企業価値は90億ポンド(約1兆3千億円)に近い。デビットカード会社の米マルケタ、スマホ証券の米ロビンフッド・マーケッツ、オンライン融資の米ソーファイも数十億ドル規模のIPOを最近果たしたか、近く予定している。

反乱者がエスタブリッシュメント側に転じる

こうした動きは、金融のデジタル化が急ピッチで進むなかで、高リターンを求める投資家の欲求を反映している。だが、そこにはより深い意味がある。かつて金融界の反乱者だったフィンテック企業が金融エスタブリッシュメントの一部になりつつあるのだ。

現在の投資ブームには新たな特徴が複数ある。JPモルガンのザビエル・ビンデル氏によると、同業最大手に投資が集中しており、規模の小さい二番煎じやコロナ禍で苦戦するスタートアップは相手にされない。21年1~3月期には、企業価値1億ドル超の未上場フィンテック企業による資金調達件数は過去最高に達した。1回の調達額の中央値は1000万ドルで、前年同期比25%増えた。

フィンテックが活躍する地域も変わった。5年前には米国と中国が中心だったが、今は欧州が追い上げる。「BNPL(バイナウ・ペイレーター)」という後払い決済を手掛けるスウェーデンのクラーナは、6月の資金調達で企業価値が460億ドルに上り、西側の未上場フィンテックで2番目の規模になった。

英ネオバンクのレボリュートは15日、8億ドルを調達、企業価値が330億ドルになった。中南米やアジアの企業、特に米スタンフォード大を出てシリコンバレーで働いた経験がある経営者が創業した企業が人気だ。ブラジルネット銀最大手ヌーバンクの企業価値は300億ドルに上る。

M&Aで広がる事業領域

業務範囲は決済を超えて広がる。先進富裕国ではこの1年で貯蓄が増え、ネット証券や投資顧問などの「富裕層向けテック」スタートアップが台頭している。世界の「(保険とテクノロジーを融合する)インシュアテック」企業の21年1~3月期の調達件数は82件、調達額は18億ドルに上った。規制が厳しい融資の分野では破壊的変化は起きにくいが、クラーナのように決済と融合すると違ってくる。

この事業領域の拡大が、フィンテック投資の急増の一因だ。コロナ禍でフィンテックの市場は拡大している。消費者や企業は、銀行の支店・店舗の閉鎖と、それに伴う取引や金融のデジタル化に迅速に対応している。新しい習慣の多くは定着するだろう。

一般的なテック業界との違いもある。フィンテックで活躍する企業の多くは10年代初めに創業しており、にわかに成功したわけではない。時間をかけて数百万人の利用者を集め、黒字化が視野に入る。

規模拡大で、米TCV(独版ロビンフッドのトレード・リパブリックに出資)やソフトバンクグループ(最近ではクラーナに出資)、スウェーデンのEQT(6月にオランダの決済企業モリーに出資)など、レイトステージ(上場を控えた段階)での投資中心のVCやプライベートエクイティ(PE=未公開株)ファンドのレーダーにも入ってきた。

大手機関投資家が積極投資

米ブラックロックなどの投資ファンドやシンガポールのGICなどの政府系ファンド(SWF)、大手年金基金など、近年、巨大テック株投資で大きな利益を上げた有力機関投資家の間でも、上場候補の発掘熱が高まっている。

投資家からの巨額の資金が、今、次の段階へ歩を進めようとしているフィンテックに流れ込んでいる。多くのフィンテックは創業から金融業を「分解」し、ニッチ市場で銀行を上回るサービスを提供しようとしてきた。だが、成功したフィンテック企業は今、プラットフォーマーを目指して新しいサービスを加えながら事業を再統合している。買収はその近道だ。企業価値の高い大手は株式交換で中小勢を割安で買収できる。

西側の未上場フィンテックで最も企業価値が高い米オンライン決済のストライプは、フィンテック新時代を象徴する。同社は10年前、企業のオンライン決済サポートで創業、現在の企業価値は950億ドルに上る。昨年10月以降、3社を買収し、税務コンプライアンスから不正防止まで幅広いサービスを提供する。

クレジットカード業界も同様の状況だ。大手各社はオンライン決済のイノベーションに対抗しようとしている。また、銀行はフィンテックの買収を通じてデジタルサービスの足りない部分を埋め、コストを削減し、融資を超えた業務の多角化を図ろうとしている。米金融大手のゴールドマン・サックスやJPモルガンは小規模買収を重ねて、広範なサービスを個人向け金融アプリに統合している。米グーグルでスマホ決済「グーグルペイ」の事業戦略を担当するニック・ミラノビック氏は、フィンテックと既存銀行の線引きは薄らいでいくという。

買収ブームにはリスクも伴う。まず、買収額が過大評価だったと判明する可能性がある。ビザはティンクを年間売上高の60倍の価格で買収した。ワイズの企業価値は売上高の約20倍、利益の285倍に上る。特に銀行は高額になってから有望なフィンテック企業の存在に気付きがちだ。

買収で企業文化衰退も

競争やイノベーションが阻害される危険もある。被買収企業の創業者はM&A(合併・買収)に際し株式売却が制限される期間(通常1~3年)が過ぎると退任することが多く、創業者が離脱すると企業文化の維持が難しくなる。

特に銀行に買収されたフィンテックは苦戦しがちだ。M&Aで企業文化が衝突すると、顧客離れの原因にもなる。スペイン大手銀BBVAに買収された米シンプルなど、銀行に買収されたネオバンクの多くは廃業か売却の末路をたどっている。

とはいえ、フィンテックは確実にクリティカルマス(影響力の臨界点)を迎えつつある。その価値は1兆1000億ドルに達し、今や世界の銀行・決済業界の価値の10%に上る。18年には4%だった。今のフィンテック企業の評価額が高すぎたり、破綻企業が出たりする可能性はある。それでも、長期的にはこの割合は右肩上がりになるだろう。

(c) 2021 The Economist Newspaper Limited. July 17, 2021 All rights reserved.

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