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豊かな国はワクチン備蓄やめよ(The Economist)

The Economist

本誌(The Economist)は、新型コロナウイルスによる実際の死者数を推計した。その結果は、パンデミック(世界的大流行)の実態を表すと同時に、世界に向けた緊急の警告も含んでいる。ワクチンが貧困国に届かなければ、インドの痛ましい光景が他の国でも繰り返され、さらに数百万人が命を落とすことになるだろう。

死亡数から人口動態に及ぶ121の指標の公表データに基づいて相関パターンを構築し、空白になっているデータを推計した。この試算によると、新型コロナの死者数は既に710万~1270万人に達する。推定中央値は1000万人。コロナ感染で亡くなった実数を推定した「超過死亡」数は公式統計による死者数の3倍以上に上った。致死率や国際比較など新型コロナに関する多くの統計は公式の数値に基づいている。

この推計でわかった最も重要な点は、新型コロナによる貧困国への打撃が一般に知られているより大きいということだ。公式統計では、新型コロナは感染拡大と収束を波のように繰り返し、欧米に大打撃を及ぼしている。中南米でも猛威を振るうが、他の発展途上国は軽く済んでいる。

貧困国の状況は統計より深刻

だが、本誌の推計では状況は異なっている。死亡者の総数を数えると、新型コロナは他国とのつながりの強い先進国から、孤立感の強い貧困国に容赦なく広がっており、世界の1日あたりの死亡率は急上昇している。

公式統計に基づく死亡率は一部の豊かな国で非常に高いが、統計は約670万人の感染死を見逃しており、その圧倒的多数は低中所得国に集中している。ルーマニアとイランの推定超過死亡は公式統計の感染死者数の2倍を超え、エジプトでは13倍に上る。米国ではその差は7.1%だ。

インドでは死者が連日約2万人に上るが、その状況は例外ではない。推計値で人口に対する死亡率をみると、ペルーはインドよりも2.5倍深刻だ。変異ウイルスはネパールとパキスタンでも広がりつつある。変異株は感染力が強いため、感染者数が急増し、医療を逼迫させる。犠牲者の数も急増する。

この状況を止める手段はワクチン接種に尽きる。新型コロナワクチンは「アポロ計画」並みの協調と先駆的な科学の象徴だ。ウイルスの発見から1年もたたずに人類は重症化や死を免れられるようになった。既に数億人がその恩恵を受けている。

だがワクチンには、短期的には、貧富の差を広げる面がある。先進国では早晩、新型コロナの死者はよほど抵抗力が弱いか運が悪いか、予防接種を拒んだ人だけになるだろう。一方で、貧しい国の人たちは、向こう数カ月から数年の間、無防備な状態を余儀なくされる。

2回分の価格がわずか4㌦(約436円)程度のワクチンが手に入らず、命を落とす人がいるうちは、世界は安閑とはしていられない。ワクチン接種以上に有効な資金の用途はないだろう。本誌の推定では、1人分のワクチン接種の直接的な経済効果は2900㌦に上る。コロナの長期的な後遺症や教育機会損失の影響などを含めると、総額はさらに膨らむ。7月までに供給される10億回分のワクチンの経済効果は数千億㌦に相当するとみられる。ウイルスの流行が収まればウイルスが変異する機会も限られ、ワクチンを接種しても新たな変異型に感染するリスクを減らせる。

ワクチンの供給量は既に増えつつある。英調査会社エアフィニティーによると、4月末時点で生産量は計17億回分と3月末から7億回分増え、1月比では10倍に達した。コロナ前には、世界の年間生産能力は約35億回分だったが、最新の予測では2021年の生産量は110億回分に迫る。業界では22年に世界の供給は余剰に転じるとの見方もある。

それでもなお、世界各国が少しでも多くの人に一刻も早く予防接種をしようとする姿勢は正しい。バイデン米大統領は新型コロナワクチンの特許権の一時放棄を提案している。生産能力に一部余剰があり、これが実現すれば数百万回分の供給が増え、現在はなかなか調達できない国も入手可能になると主張する専門家は少なくない。世界貿易機関(WTO)には放棄の規定もあり、パンデミックの今こそ発動すべきだという議論だ。

ワクチン特許放棄は実効なし

だが、本誌はバイデン氏の考えは間違っていると考える。特許権の放棄で、バイデン政権が世界を気にかけているというメッセージは送れるだろう。だがこれはせいぜいポーズにすぎず、悪く言えば他の国を侮った行動だ。

特許を放棄しても年内のワクチン不足の解消にはつながらない。この問題を議論するWTOのトップは、採決は12月になる可能性があるとしている。技術移転に今すぐ着手しても、完了するのに6カ月はかかる。米ファイザーや米モデルナのメッセンジャーRNA(mRNA)ワクチンの場合、もっとかかるだろう。

技術移転が迅速にできたとしても、経験豊富なワクチン製造業者を手配することはできず、大量の受注を抱えるサプライヤーから原材料を調達するのも難しいだろう。ファイザーのワクチン生産には19カ国のサプライヤーから280の原材料を調達する必要がある。急ごしらえで生産できる企業はないだろう。

いずれにしても、ワクチンメーカーは自社の技術を独り占めしているわけではない。そうでなければ、生産はこれほど急増しない。各社が締結した技術移転契約は空前の214件に上る。便乗値上げはみられず、資金力のなさがワクチン確保の障害にはなっていない。貧困国はワクチンが高くて手が出ないのではなく、新型コロナワクチンを共同購入する国際枠組み「COVAX(コバックス)」により無償で分配されている。

特許放棄の長期的な効果は予測し難い。貧しい国に技術移転が実現する可能性はあるものの、サプライチェーン(供給網)の混乱や資源の無駄遣いという弊害が生じかねない。結果的にイノベーション(技術革新)が抑制される可能性がある。いずれにしても、22年にワクチン不足が解消すれば、対策は遅きに失する。

国際共同購入の枠組みに寄付を

バイデン氏が状況改善を真に望むのなら、コバックスを通じてただちにワクチンを寄付すべきだ。豊かな国はどのワクチンが有効かわからず、過剰発注した。英国の発注は成人1人あたり9回分以上、カナダは13回分以上に上る。余剰分は至急他の国に回すべきだ。死亡リスクが極めて低い10代の若者に、貧しい国の高齢者や医療従事者より先に接種するのも間違っている。豊かな国は万が一に備えて人口の何倍ものワクチンを備蓄すべきではない。

サプライチェーンの改善も必要だ。インドのワクチンメーカー、セラム・インスティチュート・オブ・インディアは米国からの部品調達に苦慮している。米国の国防生産法(DPA)で、輸出が難しくなっているからだ。バイデン氏は状況に応じた適用除外を認めたが、それよりもDPAを世界への供給を実現できるよう運用すべきだ。ワクチンのさらなる有効活用も必要だ。一部の貧しい国では、接種が忌避されたり、組織の混乱でワクチンが未使用のまま放置されたりしている。2回目の接種を進めるよりも、重症化リスクの高い全ての人に初回の接種を終えることを優先すべきだ。

本誌の試算は、将来を予測してはいないが、一部の地域が新型コロナの影響を特に受けやすいことを示唆している。例えば、6億5000万人の人口を抱えてまだ多数の死者が出ていない東南アジアだ。新型コロナの流行はまだ収まっておらず、ワクチン接種により数百万人の命を救える余地がある。世界はこの機会を逃してはならない。

(c)2021 The Economist Newspaper Limited. May 15, 2021 All rights reserved.

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