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故・金芝河さん(韓国の詩人) 独裁と闘った「抵抗詩人」

追想録

言葉の力で独裁政権に立ち向かった詩人だ。口封じをはかった朴正熙(パク・チョンヒ)政権が死刑判決を下したことにより、日本では救援活動が立ち上がった。民主化闘争のシンボルとなる一方、後年の言動には否定的な評価もつきまとった。

権力に連なる特権階級を批判した風刺詩「五賊」を発表したのは1970年のことだった。朴大統領が翌年の大統領選での3選に備えていた頃だ。本人や編集者は「反共法」に違反したとして中央情報部(KCIA)に捕まった。

一連の詩は翌71年、日本でも出版される。中央公論社の編集者だった宮田毬栄さんは「書いても話しても、人を引き込む力のある詩人だった。世界に金芝河(キム・ジハ)の名を知らせなければ、彼の作品は闇から闇へと葬られてしまう恐れがあった」と振り返る。

独裁政権に反対するデモを主導した大学生ら180人が拘束された「民青学連事件」が74年に起こった。再び逮捕された金芝河氏には死刑判決が下った。日本では知識人らが「助ける会」を結成。朴大統領に宛てた署名には大江健三郎氏や遠藤周作氏、松本清張氏ら文化人が名を連ねた。

釈放されたのは6年後の80年12月だった。朴大統領の暗殺後、軍を掌握した全斗煥(チョン・ドゥファン)氏が光州事件を起こし、大統領に就いていた。

盧泰愚(ノ・テウ)政権下では民主化勢力から「転向者」のレッテルを貼られることになる。学生たちの運動は一部で過激化し、政権に抗議する焼身自殺が相次いだ。これを憂い、朝鮮日報への寄稿文で「死の礼賛をやめよ!」と苦言を呈したからだ。

2012年の大統領選で、朴正熙大統領の娘、朴槿恵(パク・クネ)氏を支持したことも不興を買った。恩讐(しゅう)を超えて女性リーダーに期待をかけたが、のちに誤った判断だったと認めた。

6月25日にソウル市で開かれた追悼式には約600人が足を運び、故人をしのんだ。国立韓国文学館の廉武雄(ヨム・ムウン)館長は「金芝河は詩人、思想家、闘士であり、韓国現代史に欠かせない存在だった」と功績をたたえた。

=5月8日没、81歳

(ソウル支局長 恩地洋介)

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