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21世紀型の安全網構築急げ(The Economist)

The Economist

世界大恐慌や第2次世界大戦の後、豊かな国の有権者と政府は国家と国民との関係を作り直した。新型コロナウイルス感染症がパンデミック(世界的大流行)になったいま、社会保障支出に関する古いルールが破られるのを目の当たりにしている。

米国での失業保険給付では多くの人たちが列をつくった(2020年、ネバダ州)=AP

米国民の4分の3以上はバイデン大統領が提案した1.9兆ドル(約200兆円)の経済対策法案を支持している。1人最大1400ドルの現金給付を盛り込んだ同法案は議会上院での採決を待っている(編集注、上院は6日、同法案を可決した)。そして英政府は3日に発表した2021年度の予算案で、休業者の給与を補塡する制度を9月末まで延長した。公的債務が1945年以来の水準に膨らんでいるにもかかわらずだ。

こうした大胆さには危険が伴う。政府が公的財政を限界点まで拡張することで、働くインセンティブがゆがめられ、社会の硬直化を招く恐れがあるからだ。その一方で、政府にはチャンスもある。財政的に無理のない範囲で、労働者が破壊的な技術革新の波を乗り越えられるよう支援する社会福祉政策を新たに生み出すチャンスだ。これをつかまねばならない。

この1年は社会保障制度の大胆な実験を目にしてきた。20年には世界で少なくとも1600の新たな制度が設けられた。豊かな国は記録的な数の労働者を支援するため、国内総生産(GDP)の平均5.8%相当を費やしている。政府債務は積み上がっているが、今のところ金利は低いので返済負担は抑えられる。

世論の空気はすでに変わってきた。英国民は怠け者が福祉国家のすねをかじるとぼやいたものだが、今では支援の出し渋りに文句を言いそうだ。昨年は欧州市民の3分の2以上が、政府があらゆる人に最低限の所得水準を保障する「ユニバーサル・ベーシックインカム(UBI)」に支持を表明した。豊かな専門職の人々は、食品配達員や看護職の労働条件に注意を向けるようになった。育児や介護のために労働力から離脱した女性の苦しみはないがしろにできなくなっている。

コロナ前からきしむ富裕国のセーフティーネット

多くの富裕国の社会的セーフティーネット(安全網)はコロナ禍前からきしみ始めていた。「鉄血宰相」として知られるドイツのビスマルクや英経済学者ウィリアム・ベヴァリッジの構想をモデルにしたセーフティーネットは多くの場合、グローバル化や技術的・社会的変化から労働者を守れなかった。1999~2019年の間、米国では25~54歳の非労働力人口が25%(470万人)増加し、離職者向けの主な支援給付を受給した人数の6倍以上に達した。

近年は医療・年金費用の急増に伴い、政府は労働年齢人口への支援を縮小している。英国では14~18年の間、他の福祉予算が165億ポンド(約2兆4700億円)縮小されたにもかかわらず、公的年金支出は実質ベースで40億ポンド増加した。中間所得層の雇用の割合が減り、ネット経由で単発の仕事を受発注するギグエコノミーが成長するなか、労働市場は融通のきかない政府をしのぐ速さで変化しているとの懸念が強まっている。

場当たり的な財政出動で景気を刺激したり、UBIのように一律の措置を導入したりすることは、世論や一部の経済学者の後押しもあって政治家には魅力的に映る。だがむしろ政治家に必要なのは、慎重かつ長期的な視点だ。セーフティーネットは財政に無理のないものでなければならない。20年代を特徴づけるのは予算の厳しさであって豊かさではないだろう。

インターネットや銀行口座へのアクセスは必須

主要先進国の年間赤字額はパンデミック前でさえGDPの4%相当で、多くの国ではまだ高齢化の途上にある。債券利回りはすでに再び上昇している。社会保障支出は必要とする人々へ迅速かつ自動的に回らねばならず、政府が慌てて緊急法案を可決する米国のように危機下だけのことであってはならない。さらに政府は、働く意欲をそいだり経済のダイナミズムを奪ったりすることなく、労働者を所得ショックから効果的に守れるような仕組みを見いだす必要がある。

これらの目標達成に向けた第一歩は、テクノロジーを活用して古い官僚主義的手続きの効率化を図ることだ。郵便小切手や80年代の汎用コンピューター、粗雑なデータは過去に追いやらねばならない。パンデミック下で多くの国の政府は、時間がかかりすぎるという理由で既存の制度を一時的に簡略化した。エストニアとシンガポールではデジタルIDと脱・紙文化を進めていたことが、コロナ禍では恩恵として生きた。より多くの国が両国を手本にすると同時に、インターネットや銀行口座を誰もが利用できるようにしなければならない。

行政の効率化を求める声はわずかな改善にすぎないが、米国で賃金補助の対象となる貧困層の5人に1人は声を上げるすべがない。支払いのデジタル化が進めば、安全策としてコストのかかる普遍的な制度を敷く必要性はなくなり、一段と的を絞った迅速な対応ができるようになる。デジタル化の下では全世帯へ一時的に現金で支払うという非常時の選択も可能になる。

これは簡単な部分であって、難しいのは気前の良い財政と経済のダイナミズムとのバランスを取ることだ。解決策の一つは低所得者の賃金補助で、アングロサクソン諸国では90年代や00年代の改革以来、これがうまく機能している。しかし、賃金補助は失業者を救う役には立たず、どうすることもできない理由で良い仕事を失う人への補償は乏しい場合が多い。英米では失業者支援が薄いため、働くインセンティブは失われないが、人的コストは高くつく。

デンマークは職業再訓練に多額の資金

生活水準の向上につながる創造的破壊への政治的な支持は、社会保障の手薄さが原因で低下している。大陸欧州は従来型の労働者の所得をより手厚く保障する傾向がある。だが、インセンティブのゆがみは失業の増加につながるとともに、厚遇されるインサイダー(正規雇用労働者)とプレカリアート(非正規雇用など不安定な立場の労働者)との間に亀裂を生む。ギグワーカーや自営業者を保障する恒久的なセーフティーネットは欧州にも米国にも存在しない。

労働市場の柔軟性と気前の良い財政を兼ね備えた国が一つある。職業再訓練や失業者への助言に多額の資金(18年はGDPの1.9%相当)を費やすデンマークだ。こうした介入の仕方は失業者が依存体質に陥るのを防ぐ。他国では政策の力不足がしばしば目につく。英国の試みは頓挫している。米国では「貿易調整支援(自由貿易で影響を被る労働者への支援)」の恩恵を運良く受けられる少数の人が10年間で平均5万ドル多く収入を得ているものの、デンマークと比較可能な財政支出は同国の20分の1にも満たない。

社会保障制度は長年にわたって高齢者と時代遅れのセーフティーネットを優先してきた。同制度は、テクノロジーを活用して創造的破壊の犠牲となる工場労働者から子育て中にスキルが落ちてしまった母親、機械に仕事を奪われる人まですべてを支援するという、積極的な労働市場政策を中心に再構築されるべきだ。政府にリスクを排除することはできないが、災難に見舞われても人々が立ち直れるように手助けをすることはできる。

(c) 2021 The Economist Newspaper Limited. March 6, 2021 All rights reserved.

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