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経済学は自然を救えるか(The Economist)

自然も「生産要素」に含め経済への貢献測れ

The Economist

自然の経済への貢献度とはどのようなものなのか――。

経済学を学ぶ学生なら、資本や労働などの「生産要素」の投入量と「産出量」の関係を示す「生産関数」をよく理解しているはずだ。こうした関数は様々な前提条件に基づくが、経済学者はその多くを心得ている(例えば、資本や労働をいくら投じても、ある点を過ぎると投入量が生産量の増加に結び付かなくなる「収穫逓減の法則」を知っている)。

報告書は経済への自然の貢献度を経済学者が把握することが環境問題を考えるうえでは不可欠と指摘する(写真はアイスランドの滝)=ロイター

だが経済学者がほとんど思いをいたさないものもある。地球で様々な生産要素を組み合わせて「財」を産出できても、金星では同じように産出はできないといった類いのことだ。

呼吸に適した空気、飲用に適した水、生存に適した気温があってこそ人間は活動できるのだが、それを支えている複雑なエコシステム(生態系)は存在していて当然ととらえがちだ。

これは分析上の単なる見落としではなく、深刻な問題だとする報告書がこのほど公表された。経済学者でケンブリッジ大学名誉教授のパーサ・ダスグプタ氏が、英政府から依頼を受けて、生物多様性を巡る経済学について執筆したものだ。同報告書は、経済学者は自然が経済活動で果たす役割を見過ごすことで、環境破壊が成長や人間の生活にいかにリスクをもたらしているかを過小評価していると指摘する。

経済成長への自然の貢献度を知る

ダスグプタ教授の報告書は、かつて英国の経済学者ニコラス・スターン氏が英財務省の依頼を受けて執筆し、2006年に発表した報告書を彷彿(ほうふつ)させる。気候変動と開発が経済にどんな影響を及ぼすかを調査した「スターン報告」は、今や気候変動に対する見方を決定づけた重要な研究と世界的に評価されている。ダスグプタ教授の報告書も飢餓寸前のホッキョクグマの話を持ち出して、心情に訴えかけるようなことはしていない。

むしろ、「生態系サービス」と呼ばれる自然の恵みや働きが経済活動の生産要素として不可欠であることを冷静に分析している。こうした生態系サービスの中には外洋の漁業資源など比較的わかりやすいものもあるが、目ではとらえにくいものもある。

例えば土壌の中で有機物を分解して栄養分に変え、水を浄化し、大気中の炭素を吸収する複雑なエコシステムなどだ。こうした要素は経済学者にはなじみが薄いものであるため、ダスグプタ教授は、それらを分析して理解するのに必要な基本的知識と法則を示している。

報告書では、自然も生産要素に含めることで独自の生産関数を提示し、自然の貢献度を説明しようとしている。報告書では環境を魚や材木などをどんどん利用できる資源の発生源とみなしている箇所もあるが、別のところでは環境をもっと大局的な視点でとらえて「自然資本」の蓄積とみなし、人間がその自然の「調節および維持サービス」を利用していると見立てている。

つまり、空気を浄化し、廃棄物を分解して養分に変え、世界の気温を生存に適した水準に保つといった環境サイクルの働きを人間が利用している、ということだ。

自然資本は既に40%近く減少

経済学者がこの新しい生産関数の発想を取り入れれば、成長に対する自然の貢献度を正しく理解できるようになる。自然の働きを加味していない生産関数だと、生産性に対する自然の貢献度が他の生産要素のものと誤解され、人間の働きや能力を過大評価することになる。

自然資本を加味すれば、現在の経済成長ペースがどこまで持続可能かを分析することもできる。人間は国内総生産(GDP)を生み出すため、自然から資源を取り出して使い、不要になったものを廃棄物として自然に戻す。もし自然が自律回復できなくなるほど資源が使われて廃棄されれば、自然資本の蓄積は減少し、それに伴い貴重な生態系サービスの流れも減っていくことになる。

国際連合の報告書によると、1992年から2014年の間に、機械や建築物といった「人工資本」の経済価値は人口1人当たり約2倍に増え、労働者や労働技能など人的資本は1人当たり13%増えたものの、自然資本は40%近く縮小したと試算されている。

そして、人間が資源の利用と有害物質の廃棄という負荷をこのままのペースで自然にかけ続けるには、地球がおよそ1.6個必要になると指摘している(だが、残念ながら地球は1個しかない)。

成長を鈍化させることなく、その負荷を削減していくことは途方もない難題だ。ダスグプタ教授の試算では、同じ1992~2014年の間に、自然資本をGDPに変えていく効率性は毎年約3.5%のペースで上昇した。だが現在の成長カーブを維持しつつ30年までに自然資本の減少に歯止めをかけるには、効率性を毎年約10%向上させていくことが必要になる。

経済学者が経済成長に限界あると認める

こうしたざくっとした概算でさえも、実は人類が今どれほど危うい状況にあるかを十分には反映していない。というのも自然の生態系は極めて複雑で、厳しい事態に置かれると平衡が取れている状態が一変しかねないからだ。

すでに破壊されたエコシステムを元の状態に戻すことが可能だとしても、そのコストは破壊される以前に生態系が提供していたサービスの価値よりも大きくなる可能性がある。南米アマゾンの森林破壊が何らかの臨界点を超えれば、熱帯雨林が突然サバンナに変わるおそれもある。そうなれば、もはや元には戻せなくなるかもしれない。

事実、ダスグプタ教授は経済学者も経済成長には限界があることを認識すべきだと説いている。地球の限りある恵みを効率的に活用してもそれには上限があるわけで(これは物理学の法則に基づく)、従って持続可能な最高レベルのGDPという水準も存在するということだ。

一人の経済学者が、成長に限界があると認めたことは驚くべきことだといえるだろう。今のところ経済成長の究極的な上限にはまだ達していない。効率性向上の余地はまだ十分にある(報告書によれば、世界のGDPの5~7%は政府による補助金によるもので、それらはいわば環境破壊につながる活動を促しているので削減の余地があるという)。

神聖な自然の価値を考えよう

だがもっと懸念すべきは、人類が危機を認識して対策を講じる前に人間活動が自然に負荷をかけすぎて、世界の気温や海洋現象、土壌の生産性などが臨界点を超えてしまうのではないかということだ。

自然界が人間の経済活動にいかに貢献しているかへの理解が深まることは、明らかに経済学の改善、進歩につながるだろう。だが生物多様性が維持された方が経済的にも有利だと深く理解されても、人間と自然の関係が改善するかといえば、それは別問題だ。経済学者らは気候変動を研究し、様々な洞察を与えてはくれたが、それらがよりよい政策対応をもたらしたかといえば疑わしい。

そのためダスグプタ教授は様々な数式モデルや分析的議論に加え、「自然そのものが価値ある神聖なものだ」という点も指摘している。自然を巡る議論をよりよい方向に導くためにも、自然を経済的視点からとらえる必要がある。資産でもあり生産要素でもある自然の使いすぎを解消するには、様々なインセンティブや所有権の問題に取り組んでいく必要がある。

修復不可能なまでに環境に打撃を与えていくのを食い止めるべく政治的な意思を築いていくには、経済学的な視点をも超えた自然の価値というものを訴えていくことが必要となりそうだ。

(c)2021 The Economist Newspaper Limited. February 6, 2021 All rights reserved.

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