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魯迅、中国で「版画の父」として再評価 上海に展示館

「阿Q正伝」「狂人日記」などの作品で現代中国を代表する小説家、魯迅を、中国の木版画に革新をもたらした「版画の父」として再評価する動きが広がっている。上海市は生誕140年を記念し、魯迅が版画の講習会を開いた旧跡を展示館としてオープンした。文学者魯迅の知られざる一面を学ぶ中国の市民でにぎわっている。

上海市政府は9月、市中心部に近い虹口区に「木版画講習会旧跡展示館」をオープンした。1階は魯迅が手掛けた講習会の様子を再現したスペースと当時参加した版画家の作品や写真などを展示している。魯迅生誕140年を記念した活動の一環だ。2階のスペースでは市民が絵画などの文化活動を自由に楽しめる。

展示館は魯迅の住居跡の近隣にあり、魯迅が毎日のように通い、日中文化交流の拠点となった内山書店跡にもほど近い。上海市はゆかりのある史跡を巡るルートを「魯迅小道」と名付け、上海市の観光名所のひとつとなっている。

歴史に残る講習会

子ども向けの日本語教室があったこの場所で、魯迅は1931年8月17~22日、13人の生徒を相手に木版画講習会を開いた。成城学園小学部(当時)で美術教師を務めていた内山嘉吉(内山書店経営者の内山完造の弟)を講師として招き、魯迅が司会兼通訳を担当した。

内山嘉吉らが書いた「魯迅と木刻」(研文出版)は初日の講義について「版画の種類、木版画の中にも樹木の横断面に絵を刻む木口木版と、縦断面を使う板目木版のあることと、それぞれの技法と特性について話した」と記す。講習会は毎朝9時から11時までの2時間。普段は色あせた服を着ていた魯迅が初日、真っ白の中国服で参加。強い意気込みを感じさせる姿に内山嘉吉ら参加者は驚いたという。

魯迅は、日本の仙台医学専門学校(現・東北大学医学部)に留学し、医学を学んでいた時に、「最初に果たすべき任務は(中国人の)精神を改造することだ」と文化面の啓発の必要性に気付き、文学の道に転じた。中国でも魯迅は文学者として有名だ。

その魯迅が中国に帰国後、なぜ版画の普及に力を注いだのか。

版画を通じて「精神改造」

上海虹橋半島版画美術中心で講師を務める版画家の鄒向群氏は「当時の中国は識字率が非常に低く、農村では魯迅が書いた文学を読める人が少なかった」と解説する。文学を通じた「精神改造」に限界を感じた魯迅が、文字の読めない農民も直感的に理解できる美術に着目したという。

魯迅は30年に中華芸術大学で行った講演で「絵画は世界に通用する言語だと誰もが認めるはずだ。この言語をうまく利用して、我々の思想を伝えなければならない」と訴えた。その言葉通り、魯迅が講習会に呼んだ13人の生徒は、当時の中国の姿を版画に描き、社会の変革につなげようとした。魯迅は国内外でこうした版画の展示会を開いたほか、出版社を設立して版画集を出版するなど、中国の新しい版画の紹介に力を注いだ。

油絵や水彩画、彫刻などと違い、版画は複製が容易で、安価に大量生産できる。当時の中国では高価な印刷機が限られており、魯迅は版画を自分の思想を伝えるツールにしようとしていた。

日本の浮世絵が影響

版画は中国に源流を持ち、1000年を超える歴史があるが、「長年、仏教の(経典の絵画である)経絵を複製する手段として使われ、独自性を持つ芸術作品の性格は薄かった」(鄒氏)とされる。中国では伝統的に理想的な自然の美しさを描く山水画が高く評価される一方で、版画は複製の道具と位置づけられ、美術的な価値も限られていた。

鄒氏によれば、魯迅はそうしたなかで、「中国の版画に初めて創作という概念をもたらした」という。自分の版画作品を残してはいないにもかかわらず、魯迅が中国の美術専門家の間で「中国新興木版画の父」と評価されているのはこのためだ。

魯迅が版画に関心を持ったのは日本の影響も大きい。中国から伝わった版画は日本で浮世絵画として独自の発展を遂げた。魯迅は早くから日本の浮世絵に関心を持っており、34年に日本の歌人、山本初枝に宛てた手紙に「若いときは(葛飾)北斎、いまは(安藤)広重、その次は(喜多川)歌麿が好きだ。数十枚の複製品を持っている」(魯迅美術論集、雲南人民出版社)と書いている。

魯迅は多くの美術品を収蔵するなど美術作品にも造詣が深かった。魯迅を通じて、浮世絵によって高度に発達した日本の版画技術は中国に還流し、中国の版画に革新がもたらされた。その版画が戦乱と貧困に苦しむ人々の心に訴えかけ、中国社会の大きな変革につながっていった。

(上海=土居倫之)

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