/

洋式帳簿、普及見据え国産化 コクヨが大企業動かす

時を刻む

にじまない帳簿用紙をメーカーと新たに共同開発した洋式帳簿

福沢諭吉が米国の簿記教科書を翻訳した「帳合之(ちょうあいの)法」を出版したのは1873年のことだ。簿記を和式から洋式に移行する必要性を説いたが、実際に導入したのは国立銀行ぐらい。遅々として普及が進まない中、コクヨ創業者の黒田善太郎氏は洋式への切り替えが必然と読み、1913年に洋式帳簿製造に参入した。

「大福帳」に代表される和式帳簿の表紙製造で05年に起業したコクヨにとって大きな決断だったが、善太郎氏は自ら洋式簿記を学び、自社の経理にも導入した。コクヨの歴史を研究する愛荘町立歴史文化博物館(滋賀県愛荘町)の三井義勝課長補佐は「17年に税務署が洋式簿記の指導説明会を始め、追い風が吹いた」と話す。農業に代わって台頭した工業の所得は洋式簿記の方が把握しやすかったからだ。

用紙供給に課題

善太郎氏はプライベートブランド(PB)の洋式帳簿を売っている京都の老舗文房具店に自社の洋式帳簿を持ち込んだ。店主は何カ所も不具合を指摘した。翌月に改良品を見せてもまた別の部分でダメ出し。1年間、毎月通ってようやく合格。店主は「来月から扱わせてもらう」と告げた。

だが、洋式帳簿事業は帳簿用紙の手当てで課題を抱えていた。英国から輸入しており、14年に第1次世界大戦が勃発すると入手できず、大戦後も不安定な供給と価格変動に悩まされた。20年ごろ、善太郎氏は旧王子製紙の小倉工場(66年閉鎖)に「紙すきの名人」と呼ばれた鈴木金十工場長を訪ね、帳簿用紙の国産化を打診した。

意気に感じた鈴木工場長は応諾。従業員60人程度の町工場と、「大王子製紙」と異名を取る巨大企業の共同開発が始まった。ところが「サイズ」と呼ぶにじみ止め剤で壁にぶつかった。手書き数字の「7」と「9」がにじんで判別できない。善太郎氏は不合格の紙が小倉工場で山積みになっているのではと心配し、途中から買い取った。

コクヨの黒田章裕会長は技術面で未完成の紙を引き取った背景を父の暲之助氏(2代目社長)から聞いていた。「帳簿よりも大きな数字で書き込む小切手帳の用紙に転用した。少々にじんでも問題なく使えた」と。善太郎氏は作った紙を無駄にせず、代金支払いで旧王子製紙の厚意に報いた。

洋式帳簿を売るときに着ていた法被

30年に完成したにじまない紙を、旧王子製紙は「国誉帳簿紙」と命名し見本帳に収載。さらに発売から1年間はコクヨ以外への販売を控え、仁義を守った。為替リスクがなく、安くて品質の良い国産用紙のおかげでコクヨは競合他社をリードした。

当時のコクヨは規模が小さく、問屋を幾つも介して仕入れるために帳簿以外の用紙も割高だった。善太郎氏は仕入れ先の製紙会社社長が特定の料亭に行くのを知ると、なけなしの金をはたいて同じ料亭に通い、その社長がお気に入りの芸者を呼び続けた。

ある日、芸者の指名がかち合うと、社長は自分の座敷に善太郎氏を招いた。会社では門前払いされたが宴席でようやく面会でき、直接取引にこぎ着けた。仕入れ量を増やさずに中間流通を省いて調達コストを引き下げた善太郎氏は、帰宅するとゲタ履きのまま座敷に上がり、驚く家族の前で「うまいこといった」と快哉(かいさい)をあげた。

改ざん防ぐ模様

帳簿の改ざんを防止するため小口にマーブル模様の装飾を施す

洋式帳簿の製造は48工程に及ぶ。特徴的なのは小口に施す「マーブル付け」という装飾だ。ふのりを溶かした液に赤・青・黄・白の顔料を垂らし、漢方薬でもある牛胆を煮溶かして加える。「液面に浮かぶ4色の顔料を8の字を描くように棒で混ぜ、さらにクシで細かいしま模様にする」とコクヨで洋式帳簿工房所長を務めた藤原孝雄氏は語る。

複雑なマーブル模様に帳簿の小口を漬けて転写、ミョウバン液で定着させる。同じ絵柄は二度とできない。帳簿の途中ページを抜き取って改ざんするのを防ぐ狙いがあった。昨今、官公庁や大企業でデジタルデータの改ざんや意図的な消去に関するニュースが相次ぐ。こうした不正をはたらく連中にはアナログな洋式帳簿の方が抑止力は大きいかもしれない。

(編集委員 竹田忍)

春割ですべての記事が読み放題
今なら2カ月無料!

関連トピック

トピックをフォローすると、新着情報のチェックやまとめ読みがしやすくなります。

関連企業・業界

企業:

セレクション

トレンドウオッチ

新着

ビジネス

暮らし

ゆとり

新着

ビジネス

暮らし

ゆとり

新着

ビジネス

暮らし

ゆとり

フォローする
有料会員の方のみご利用になれます。気になる連載・コラム・キーワードをフォローすると、「Myニュース」でまとめよみができます。
春割で申し込むログイン
記事を保存する
有料会員の方のみご利用になれます。保存した記事はスマホやタブレットでもご覧いただけます。
春割で申し込むログイン
Think! の投稿を読む
記事と併せて、エキスパート(専門家)のひとこと解説や分析を読むことができます。会員の方のみご利用になれます。
春割で申し込むログイン