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多様性が当たり前の世界はどのような風景ですか?

読者の提案と社長の講評 魚谷雅彦・資生堂社長編

think!多様な観点からニュースを考える

魚谷社長の提示した「多様性が当たり前の世界はどのような風景ですか?」という課題に対し、多数の投稿をいただきました。紙面掲載分を含めて、当コーナーでその一部を紹介します。

■「地球国籍」で生きる

長谷川 桜(愛知大学現代中国学部1年、19歳)

世界には、国際結婚の両親から生まれて、壁にぶつかる子どもたちが大勢いる。今、私は国籍選択を迫られている。自分のアイデンティティーに悩み、苦しみ、若くしてそれを決断しなければならない。そこで私は「地球国籍」を考える。SNS(交流サイト)で世界中に友達をつくれるようになった時代でも、国民国家という言葉が存在し、特定の国の一国民として生きなければならない以上、多様性が当たり前になることはないと感じる。もし「地球国籍」を取得できれば、差別は存在しなくなるのではないか。外見とアイデンティティーは違う。見た目だけで判断され、「日本語は話せますか?」「なんで○○の親は片言なの?」と聞かれる。悪意のない言葉かもしれないが、傷つく人がいる。地球国籍を取得している人々のあいだでは、そんな会話は生まれない。たったそれだけのことかもしれないが、それが当たり前になる社会の実現が「地球国籍」のゴールとなる。

■みんなが一緒の教室に

中原 恵(慶応義塾ニューヨーク学院高等部3年、17歳)

教室に多様な環境の友達がいる風景。これが私の理想だ。私が通った小中学校は、車椅子利用者や障害者が数人しかいなかった。今通っている高校も同じだ。世界には学びたくても学校に通えない人がもっといるはず。健常者だけ、しかも同じ学力がそろった者だけがいる教室は不自然だと思う。この夏、東京五輪でトップアスリートの技や筋肉美に感動したのと同じくらい、パラリンピックの選手が義手や義足で身体を補って可能性に挑戦する姿に感動した。弱い心があれば強い意志を持とうと前を向き、弱い身体があれば補って支え合うことの大切さを感じた。教室だって同じだろう。いろいろな友達が普段の生活を共にすることで、お互いの苦労や考え方を肌で感じ、「助けあえることは何か」を考えるようになると思う。わざわざ活字で「多様性とは?」「ジェンダーとは?」と学ばなくても、互いを認め合う気持ちが自然とわいてくる場になると思う。

■多様性は他容性

岩戸 宏樹(会社員、26歳)

多様性とは、幅広く性質の異なる群が存在することと定義されている。近年は日本でも多様性という言葉を耳にする機会が増えてきた。多くの企業や組織において個々人の価値観や表現などを軽視することは良くないという傾向にある。しかし、実際に多様性は活かされているのであろうか。やはり、過去からの風習などにより、多様性が損なわれている文化もあると思慮する。多様性を重要視する声はあっても、実際に他人の価値観や表現を一から理解することは難しい。そのような意味では、多様性は発展途上にある。真に多様性が当たり前の世界になるには、「他容性」にならなければならない。他人を容認する性質が多様性でありダイバーシティではないだろうか。多様性が他容性に変われば、個々人が生き生きとした活動をすることができ、世の中に様々な進歩をもたらしてくれるだろう。そのような世界になることを望む。

【以上が紙面掲載のアイデア】

■普通が消えてなくなる

武田 千歳(法政大学文学部3年、20歳)

「普通」という文字が、辞書から消え去っているかもしれない。私たちは人の個性を知る前にまず、性別や年齢、育った環境といった情報を知ろうとする。こうしたステータスでレッテルを貼ることで人間性をはかろうとするからだ。ところが、多様性が当たり前になれば、みんなが違っていて当然になる。ステータス由来のレッテル貼りが不要になり、「普通」という概念もなくなるのではないだろうか。現在の世界における「普通」とは、「多数派を占めるもの」と同義だ。多数派に沿わない特性は「普通じゃない」と排除されがちで、多様性という概念の助けを得て初めて世に認めてもらうことができている。だが実は、「普通」は普遍的な概念などではなく、個人によって異なるものだと思う。自分が普通だと思っている人も、実際にはそれぞれ違う思考回路を持っているものだ。多様性が当たり前の世界では、誰もがそのことに気づいており、気に留めることはないだろう。

■チャレンジできる社会   

西村 雄一郎(会社員、47歳)

今まで以上にチャレンジが可能な社会が広がっていると考える。現代社会においては、特に日本では学校を卒業し会社で働くという価値観がひとつのルールのようになっていないだろうか。プロスポーツ選手や芸術家など特殊な才能を持った人たち以外は、このルールの中で人生を過ごさなければならない空気が漂っている。一方で、国籍や性別、障害の有無、更にはマイノリティーへの理解が進むと、他者を認めることが何よりも大切になり、価値観や社会全体のルールも少しずつ変化すると思う。そういう世界では、特に若い頃に一方的にルールを押し付けられることが無くなり、好きなことにチャレンジ出来るようになるだろう。さらに多様な考え方を組み合わせることで、全く新しい仕組みや発想も産み出すことが可能になる。このような社会になれば現在の様々な課題が解決され、何よりも社会を支える若者たちが未来に希望を持てるようになるに違いない。

■自分らしさをオープンに

平松 佑佳子(会社員、25歳)

皆が自分のアイデンティティーをオープンにしているカラフルな風景だと思う。昨今、自身の性的マイノリティーを公表するインフルエンサーが増えており、マイナーなアイデンティティーを発信しやすい雰囲気になっていると感じる。しかし、まだまだ少数派には風当たりが強いのではないだろうか。例えば、就職活動を経験した性的少数者の4割以上が、選考時に面接官などから何らかのハラスメントを受けたという調査もある。そういった状況が生まれる背景には、自分と違うものへの「怖さ」が存在しているように思える。反射的に感じてしまうこの感情が心の壁を作ってしまっているのではないだろうか。多様性が認められる社会にするためには、理解しようとする積極性でその壁を壊していくことが必要だと感じる。「自分らしさ」を恥じることなくオープンにできる空気が醸成されることで、それぞれの人生の選択肢も増えるだろう。

■様々な束ね方 

曽田 昌弘(会社員、41歳)

子供に幼児向けワークブックをやらせてみた。迷路や間違い探しなど色々な問題がある。その中に、トラック、バス、自家用車のセダン、鞍(くら)のついた馬のイラストから仲間外れを探す問いがあった。子供が馬を選んだので、その理由を聞くと「車と動物だから」と答えた。もちろん正解なのだが、仮に「人を運ぶ役目と物を運ぶ役目」と視点を変えれば、仲間外れはトラックだとも言える。第一印象とは異なる束ね方をしてみると、違う答えが導き出されるのだ。多様性が当たり前の世界では、人の束ね方も様々になるだろう。一人ではできないことに臨む時に、これまではある程度固定された集団で取り組んできたわけだが、より広く緩い中から集まりをつくるようになるだろう。たとえば、社内のプロジェクトチームという閉じたくくり方ではなく、より多様な束ね方に。外部のアイデアや技術を取り入れるオープンイノベーションはその萌芽(ほうが)だ。

■できない自分も好きに

藤岡 洸喜(大阪市立大学商学部3年、20歳)

多様性が当たり前の社会では消極的な人はいないと考える。失敗を極端に恐れて心配しすぎてしまい、物事に進んで取り組まない人のことだ。なぜ失敗を恐れるのか。それは他人の目を気にしているためではないか。「できないやつ」と思われることを恥ずかしく思う気持ちが、一歩踏み出すことを妨げてしまう。もし多様性が当たり前になれば、できないことは恥ずかしいことではなく、個性になる。人間はみな不完全だ。得手・不得手があるのは当然である。物事を成し遂げるには、互いの長所と短所を認め合い、助け合う必要がある。それは自分が他人より劣っている部分を認め、受け入れることにつながるだろう。そのことで自分の役割や意義が明確になり、自信をつけ、自分のことが好きになれば、一歩踏み出す勇気が湧いてくるのではないか。

■人の良いところに目を向けよう

福元 花梨(関東学院六浦高校1年、16歳)

人の良い所をたくさん見つけられる社会が私の理想だ。地球上には、多様な仲間がいて、多様な考えを持つ人がいて、同じ人なんていない。良い所をたくさん見つけられることで、その人がどんな人なのか、その人に悪いイメージがあっても強制的に良い所があることを知れる、新たな発見に繋がることもある、お互いを理解できる。多様性が当たり前の世界の風景は、もうすでにお互いを理解し合えていると考える。多様性とは、幅広く性質の異なる群が存在すること。理解し合えていなければ、多様性が当たり前になることは難しいだろう。肌の色、性別など関係ない。今では、肌の色に合わせられた、化粧品がある。LGBTへの理解が少しずつ広がってきている。でも、まだ理解されてない問題もたくさんある。それがSDGsで問題になっている。多様性が当たり前の世界の風景を、素敵なものにするために、お互いへの理解を大切に、愛らしい瞳を持とう。

■さらなる社会の発展へ

川合 優奈(大阪市立大学商学部3年、21歳)

新たな視点が生まれやすい世界になっているのではないか。現在も、多様性を大切にしていこうという社会の流れはある。一方で、「多様性を認めなければならない」というプレッシャーもあると思う。そのような雰囲気では、まだまだ生きづらさが消えず、他者にどう思われるかに対して不安が残ってしまう。違いを認め、尊重し合うことが当たり前の世界になれば、他者は自分を受け入れてくれる。そう感じられると、考えていることや思っていることを言いやすくなり、コミュニケーションが活発になると考える。自分と他者には様々な違いがある。つい自分の基準が正しいと思いがちであるが、自分と他者は違うことが当たり前になれば、今より皆が、自分を解放することができるだろう。そのようなコミュニケーションから、新しい発想や、より良い社会になるためのヒントが生まれていくはずだ。

■カラフルな名画

高瀬 福也(海陽学園海陽中等教育学校2年、14歳)

色とりどりの「絵具」で描かれたカラフルな一枚の絵画――。これが私の考える多様性が当たり前になった世界の風景だ。使用する色は数えきれない。生まれた場所や肌の色だったり、宗教の違いだったり。LGBTQのような多様な性のとらえ方もそうだし、個性豊かな容姿や声にも、それぞれの嗜好や場の雰囲気にも色がある。多くの色を調和させるのは難しいはずだが、多様性が当たり前の世界では、どの色もキャンバスの上で目立ち過ぎることがない。それぞれが協調しあい、活かしあう見事な芸術作品だ。今の世の中を描いた絵は、周囲と違った色が浮いて、目立ってしまうのだろう。それは「ある色は特別だ」と思う「基準」をもとに描いているから。この概念を取り払えば目立つ色などなくなる。多様な色合いが調和しあう世界を描くには、みんなで協力して互いを認め合える社会を創る必要がある。時間はかかるかもしれないが、いつかカラフルな名画を見てみたい。

■もっと自分が好きになる

中田 千里(会社員、34歳)

違いを認め、尊重し合うことが当たり前になった世界ではきっと、誰もがもっと自分のことが好きになるだろう。例えばこんな経験はないだろうか。人間関係が複雑で、個人の意見が認められない組織の中で働いていると、気づけば他人のことばかり気にしている。「相手に反論されたら、自分はどう言い返すだろう…」。いつもこんなことを考えていて、会話は無意識のうちに「でも…」から始まった。帰りの電車の中。窓ガラスに映った自分の顔を見て、やっと我に返る。虚しくて、切ない——。一方、多様性が認められる社会では、会話に必ず「私」と「あなた」がある。「私はこう思うけれど、あなたはどう思う?」。ここから始まった会話が、互いを尊重しあう社会を創り出す。きっと鏡に映った自分の顔は自信に満ち溢れていて、好きだ。「でも…」と反論しそうになったら3秒深呼吸しよう。そして「あなたはどう思う?」と問いかけてみる。社会はやがて変わっていくのだ。

■ありのままの笑顔で

平野 ちひろ(関東学院六浦高校1年、15歳)

多様性が当たり前の世界とは、誰もが自信をもって、ずっと自分らしく笑顔で生きることができる世界だと考える。「化粧」を例に説明したい。企業で働く女性が毎朝化粧をして職場に向かうのが当然の世の中だが、男性はどうだろうか。最近は「ジェンダーレス」という言葉をよく耳にするようになったが、今の日本では化粧をする男性への偏見や差別的発言は少なくないと感じている。それは日本人が化粧に対して「素の自分を隠して、美しい自分になるためのもの」という固定概念を持っているからではないだろうか。見方を変えて、化粧とは「ありのままの自分の個性や良さを引き立たせてくれるもの」と受け止めることができれば、きっと心無い言葉も世の中からはなくなると思う。そして同時に、「多様性」という言葉も必要なくなるだろう。自分が一番輝ける姿で、すべての人が笑顔になれた瞬間に、多様性が当たり前の景色を見ることができるのではないだろうか。

■面倒だけど温かい

鵜飼 信(会社員、38歳)

今よりも騒がしく、ちょっと面倒くさい社会になるだろう。違いが逸脱ではなく単なる違いでしかなくなれば、私たちが無意識に拠り所にしてきた「普通」や「当たり前」といった概念も存在しなくなる。そんな世界で相手が何を考えているのか知るためには、直接尋ねるしかない。だから、多様性が当たり前の世界では、私たちは今よりずっと多く言葉を交わすはずだ。時にはぶつかり合うこともあるだろう。こう書くと、コミュニケーションが苦手な人には「多様性を認め合う社会なんて恐ろしい」と思えるかもしれない。でも、心配する必要はない。「苦手」という意識も「普通」と照らし合わせることによって生じるものだからだ。普通が消滅した社会では、個々にあったコミュニケーションの方法が模索され、苦手意識を感じることもなくなるはずだ。多様性が当たり前の社会は今よりも面倒くさい。だが、間違いなく今よりもずっと温かなものになる。

■「かわいい」は何色?

田辺 真菜(山野美容芸術短期大学1年、18歳)

混み合う電車の中は、同じようなダークスーツを身にまとったビジネスマンであふれるモノクロの世界だ。スマートフォンでちょっと調べるだけでも「〇〇は避け、〇〇が無難」といったマニュアルを見つけることができる。みんな、枠にはまって自分を隠しているかのようだ。会社は人生の多くを費やす場所なのに、好きな服装で行くことができない。「社会人はなんて気の毒なんだ」と思ったが、そう言う自分も違う枠にはまっていたことに気がついた。「かわいい」だ。肌は白くて小顔、体重が軽いと、かわいい。誰が決めたわけでもないのに、こんな基準に踊らされていた。今は、自分にとっての「かわいい」はなんでもいいのではないかと思うようになり、それを探している。個々の違いを認め、尊重しあうことが当たり前になれば、ダークスーツも過度な美白も必要ない。今までにない多くの喜びや幸せを実感できる、彩り豊かな風景が広がってほしい。

■疲れにくい世界

齋藤 豊(大阪市立大学商学部3年、21歳)

多様性が当たり前な世界とは、今より疲れにくい世界だろう。現代社会では自分が他人とは違う「少数派」であるために積極的になれなかったり、逆に多数派であるものの「コンプライアンス」などを意識するあまり、主張したいことを思うままに主張できなかったりすることが多いと感じている。これらの問題は、職場や学校だけではなく、テレビや交流サイト(SNS)などによる情報発信も含め、我々の日常のあらゆる場面に存在している。そのために、日々の生活でストレスが溜まり、疲れやすいと感じている人も多いのではないか。多様性が当たり前になれば、他人と違うことが当たり前になり、マイノリティやコンプライアンスといった概念そのものが無くなっていく。誰もが本当の自分を包み隠すことなく、さらけ出すことができる。そのような多様性が実現した世界が「完璧な世界」であるとは限らないが、少なくとも今よりは、疲れにくい快適な世界になっていると思う。

■自分自身の顔を愛せる

進藤 愛夏(山野美容芸術短期大学1年、19歳)

顔には黄金比があるという。目や鼻などのパーツの配置や肌の色、顔そのものの形が黄金比に近ければ美形と呼ばれ、遠ければブスと言われてしまう。だから誰もが黄金比の顔を称え、それをめざそうとする。その半面、容姿で「点数」を付けられ、自信を失っている人もたくさんいる。私は短大に入学してから、他人の顔に直接触れる機会が増えた。そこで初めて「顔の魅力を形づくっているのは黄金比だけではない」という事実に気づいた。肌のつや、唇の厚み、繊細なまつ毛……。生かすべき魅力的なポイントはひとり一人違う。顔の骨格も違うから、似合うメイクだって違う。よくよく考えてみれば、どれも当たり前のことだ。顔はその人のアイデンティティー。鏡を見て自分の顔と向き合ったとき、「自分の顔が好き」と思えたら、人はもっと生き生きできるだろう。私にとって多様性が当たり前の世界とは、黄金比や他人の目を気にせずにみんなが自分自身の顔を愛せる世界だ。

■「区別」と「差別」の境界

北野 京介(海陽学園海陽中等教育学校3年、15歳)

いかなる場合でも、差別は許されるものではない。違いが理由だとすればなおさらだ。一方で、個々人の違いを尊重するためには、きちんとした区別がなされる必要がある。問題は、別と区別の境界線をどこで引くか、だ。例えば、公共のトイレを白人用と黒人用とに分けるのが差別なのは明白だが、男性用と女性用ではどうだろうか。一見すると区別に該当するが、性的マイノリティーがどちらを利用するべきかを考えると、答えはそんなに単純ではない。区別は、ひとつ間違えれば差別になりかねないという課題を抱えている。どこまでが区別で、どこからが差別か――。もしかしたら、時間や場所を越えた普遍的な線引きはできないのもしれない。だからこそ、誰かに押し付けられるのではなく、ひとり一人が自ら考え行動することで、両者の境界が明確になっていく。互いの違いを尊重しあえる社会は、こうして紡いでいくものなのではないかと思う。

資生堂・魚谷雅彦社長の講評

今回の私からの問いかけについて、どれだけの読者の皆さんから投稿していただけるのか少し気になっていました。「多様性が当たり前の世界」について、答えが1つでない問いに向き合ってもらえるかと。でも、若い読者を中心に寄せられたアイデアはいろいろなことに一石を投じる内容で、資生堂内でも是非(ぜひ)とも議論したいようなものが多くありました。未来について日ごろからどうあるべきかを真剣に考えてくださっていることに、心を揺さぶられました。本当にありがとうございます。

アイデアの中からいくつか感想を述べたいと思います。「『地球国籍』で生きる」はダイナミックな発想で感心しました。今、企業社会の中でもプラネット(惑星)という言葉をもちいて行動規範や理念を制定するところも出てきています。21世紀のデジタル社会は世界がシームレス(つなぎ目のない)な地球になっています。投稿者の原体験から綴(つづ)られた言葉は説得力があり、明るい希望が持てるものになっています。

「みんなが一緒の教室に」は現在、海外で学んでいる学生さんのアイデアです。異国に身を置くことから見えてきた日本社会の不自然さに気がついたのかもしれませんね。パラリンピックに出場したアスリートたちの挑戦する姿に何かを感じ取ったことがにじみ出た文章でした。若い感性が創造する未来の実現が楽しみです。

「多様性は他容性」。言葉がチャーミングですね。目から鱗(うろこ)、思わず膝を打ちました。多様性を積極的に受け入れる他容性のある社会が待ち遠しいですね。

資生堂の社員や、これから資生堂に入社予定の方々とも、今回の読者の皆様のアイデアを交えながら「多様性が当たり前の世界」について一緒に考えてみたいと思います。改めて読者、投稿された皆様にお礼を申し上げます。

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取材で印象的だったのが魚谷雅彦社長の語った「多様性が当たり前の世界」実現の時間軸についてです。「本当は、もう少し世代が変わらないといけないかもしれませんね」。

今回の投稿者の過半が10代から20代で占められていたからかもしれません。熱く、優しい心を持った「多様性ネーティブ」たちは、いろいろな人の能力、可能性を引き出して、より良き社会を築き上げてくれると見ているからでしょう。化粧もその一助になるはずです。(編集委員 田中陽)

※掲載される投稿は投稿者個人の見解であり、日本経済新聞社の見解ではありません。

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