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赤玉ポートワイン、サントリー「やってみなはれ」の原点

時を刻む

サントリーホールディングスの原点は1907年発売の「赤玉ポートワイン」だ。創業者・鳥井信治郎が「世界のどこにもない日本のぶどう酒」を目指し、スペインから輸入したワインを門外不出のレシピで調合。美しい色と適度な甘酸っぱさを備えた日本人好みに仕上げた。「親切ハ弊店ノ特色ニシテ出荷迅速ナリ」と、商品名のない斬新な新聞広告で世間の注目を集め、大手問屋との取引を通じて販路を広げた。

赤玉ポートワイン

「赤玉」発売の翌年に信治郎は結婚した。酒だるを横に転がせないほど狭く混み合う新居に住み込みの店員までいた。「工場と混然一体の戦場みたいな家の一切を祖母のクニ(信治郎の妻)が切り盛りし、ろ過用の綿を洗う仕事までやった」と孫の鳥井信吾副会長は語る。

家内工業から徐々に規模を拡大し、19年、大阪市港区に築港本工場(現大阪工場)ができた。月産5000ダースでスタートしたが、売れ行きが好調で翌20年には2万ダースの量産体制に入った。「赤玉」はサントリー初のヒット商品となった。

勢いを加速したのが森永製菓の宣伝部から引き抜いた奇才、片岡敏郎だ。その手法は異色で、オペラ団の「赤玉楽劇座」を22年に結成して全国公演を打った。さらに同年、楽劇座の花形、松島栄美子を起用し本邦初のヌードポスターを制作した。

全体は落ち着いたセピア調で松島が手に持つワイングラスだけが深紅。最大限の視覚効果を発揮する鮮やかな赤を求め、印刷所が音を上げるほど何回も刷り直した。全国の酒販店に配布すると大反響を巻き起こし、ドイツの世界ポスター品評会では1等に入選した。

評判を呼んだ「赤玉ポートワイン」の宣伝ポスター

「赤玉」は太陽を象徴している。信治郎は万物の命を育む太陽に対する畏敬の念を商品名に込めた。大きな赤丸を上半分に配した黄色のラベルは縦方向に長い。しかも瓶は容量550ミリリットルで通常のワインよりも一回り細く背が低い。このため「縦長のラベルを貼る工程の調整に神経を使う」とサントリーワインインターナショナルの斎藤卓ワイナリーワイン事業部課長は話す。アルミのキャップは縦方向に長い。瓶の口を深くカバーしているので位置決めが難しいという。サントリースピリッツの大竹正技師長は「とにかく中身も瓶も唯一無二」と語る。

原材料には色々な原料酒や日本産のブドウなどを使う。農産物だから年によってばらつきはあるが、現場は味わいの設計に基づいて微調整し、品質を守り続けてきた。たった一つだけ変えたのが商品名だ。「ポートワイン」はポルトガル産ワインを思わせる。原産地名称表示を保護するマドリード協定に従い、73年に名称を「赤玉スイートワイン」に変更した。

「赤玉」専用工場としてスタートした大阪工場は45年の空襲で大半が焼失し、その後再建された。現在も大阪工場だけで年間12万6000ケース(1ケースは12本)を製造している。2020年は他の工場生産分も含めると25万ケースを売った。最初は薬用酒として売り出したが、現在は飲食店でオンザロックやソーダ割りでも飲まれるようになった。

大阪工場(大阪市港区)の「赤玉スイートワイン」生産ライン

「赤玉」のヒットがあればこそサントリーの今がある。世界的な「ジャパニーズウイスキー」ブームの一翼を担う存在となり、08年にはビール事業が万年最下位を脱し、1963年の再参入から46年目にして黒字転換した。

2019年にサントリーは「赤玉」を支えてきた大阪工場の100周年記念式典を開いた。佐治信忠会長や鳥井信吾副会長ら経営陣と取引先などが出席した。席上、新浪剛史社長は「大阪工場はサントリーにとって大切な場所」と巻紙にしたためたあいさつを朗々と読み上げた。

大阪工場玄関に立つ創業者・鳥井信治郎の銅像(大阪市港区)

大阪工場の玄関に鳥井信治郎の銅像が立っている。視線の先には左手で高く掲げた「赤玉ポートワイン」のボトルがあり、その左足は靴半分だけ台座から前にはみ出している。常に前へと進む「やってみなはれ」の精神を体現しているのである。

(編集委員 竹田忍)

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