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造船所通バス停、川筋造船の栄枯盛衰 神業の進水式

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(更新)
最盛期は造船所に通う人々であふれかえっていた

大阪の繁華街「北新地」を東西に貫く「船大工通」。現在の大阪市北区堂島浜周辺で、古地図には「堂島船大工町」とある。1689年、船大工が集積していたこの地で初代・永田三十郎は造船業「兵庫屋」を興し、1874年に9代・三十郎が「藤永田(ふじながた)造船所」と改称した。原点が元禄時代の藤永田は日本最古の造船所とされる。

幕末の1854年、安政大地震の津波でロシア船「ディアナ号」が大破・沈没した。ロシア人技師の指導で代替船を建造し「日本は西洋式帆船の工法を習得した」と大阪大学の内藤林名誉教授は語る。兵庫屋はこの技術に基づく「スクーナ型帆船」建造で腕を磨いた。「駆逐艦の藤永田」といわれ、旧海軍向け駆逐艦の5分の1を建造した。

ライバルが隣接

業容拡大に伴い藤永田は本拠を何度か移転し、1884年、大阪市大正区の木津川右岸に新炭屋町工場を構えた。社史「藤永田二七八年補遺」によると、谷崎潤一郎の妻、松子は8代・三十郎のひ孫にあたる。新炭屋町工場の近くで生まれ育った松子ら4姉妹の暮らしは、小説「細雪」に登場する蒔岡家の4姉妹に投影されている。

10代・三十郎は1917年、木津川対岸の大阪市住之江区に後の本社となる敷津工場を開設した。24年に佐野安船渠(さのやすどっく、同西成区)、さらに31年には名村造船所(同住之江区)が隣接地に進出した。佐野安と名村は同じ11年の発足で創業者の佐野川谷(さのがわや)安太郎氏と名村源之助氏は互いをライバルとみなし、競った。軒を連ねる3社の労働環境は厳しく、「鬼の佐野安、地獄の名村、情け知らずの藤永田」といわれた。

佐野安で船殻課長だった江川尚志さんは、佐野川谷氏からスカウトされ58年に入社した。盆と正月、ゴールデンウイークを除くと休みは月2回だけで、連日の4時間残業は当たり前。船の動力源を蒸気タービンからディーゼルエンジンに換装する大工事を8隻、それぞれ1カ月で仕上げたことも。「喜んだ創業者は技師を料亭の南地大和屋に招き、全員にお酌して回った」と江川さん。鬼は鬼でも情のある鬼だった。

木津川左岸の3社に、尻無川右岸に立地する大阪造船所(同港区)を加えた「川筋4社」の技術者は阪大や大阪府立大学の造船学科卒業生が多く、50年代半ばから交流を始めた。当初の情報交換会はほどなく技術懇談会へと発展した。

川筋4社は佐野安や藤永田のグラウンドでソフトボール大会を開いていた。後に阪大や府大がメンバーに加わり、当時の阪大工学部(同都島区)や府大(堺市)が会場になった。大会は74年まで続いた。

川筋造船4社と大阪大学、大阪府立大学のソフトボール大会(1966年、堺市の大阪府立大学)=佐野安船渠OBの山川正彦氏提供

江川さんは「下請けを含めると佐野安だけで数千人が働いていた」と話す。木津川3社前の大阪市電「造船所通」停留所は通勤者であふれた。68年10月から大阪市バスに切り替わっても「造船所通バス停に向け難波から3系統で1日に計100本以上を運行していた」(大阪シティバス)。

船体大型化で幕

川筋造船の晴れ舞台は進水式。盤木と呼ぶ支えの木片を少しずつ外し、バランスを保ちながら進水台上に船の荷重を移す。重いアンカーやブロックを引きずりながら、船が川を斜めに横切る神業のような進水式だった。社史「藤永田二七八年」は63年8月28日、幅198メートルの木津川で全長178メートル、2万4000トンの「トウキョウオリンピックス号」進水に成功した、と誇らしげに記す。

だが船体はさらに大型化し、川筋での造船は限界を迎えた。藤永田は67年、三井造船(当時)に吸収合併されて278年の歴史を閉じ、70年代に佐野安は岡山、名村は佐賀、大阪造船は長崎に新造船の拠点を移した。佐野安を引き継ぐサノヤスホールディングスは今年2月、造船事業から撤退した。かつての栄華を今にとどめるのがバス停「造船所通」なのである。

(編集委員 竹田忍)

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