そのムダ、何かに使えませんか?
市井明俊・日本精工社長(12月5日)

世の中にムダなものはない、価値のないものなどないと、よく言われます。概念としては理解できますが、日常生活の中でムダなもの、要らないと思うものは存在します。減らしたいもの、なくなればいいと思うものもあります。技術の進歩がそれを可能にし、ムダなものは私たちの日常からどんどん減っています。
一方でこんな考え方はできないでしょうか。一見ムダに見えるものでも、ちょっと見方を変えたり、工夫をしたりすると、違う景色がみえてくる。例えば、日本精工(NSK)はベアリング(軸受け)や直動部品の働きによって、機械の振動や騒音を減らしています。摩擦をコントロールすることで、電車の振動が減り、快適な乗り心地を提供しています。
私たちがなくそうとしている振動は、果たしてまったくムダなものなのでしょうか。利用価値はないのでしょうか。もしNSKの技術がもっと進化したら、その振動を、マッサージやゆりかごのように優しい動きに変換することができるでしょう。電車の乗客はお好みの揺れで、快適な時間を過ごせるようになるかもしれません。
ベアリングの働きによって、騒音も減っています。環境にやさしいエネルギーとして注目される風力発電ですが、風車の回転に伴う騒音が懸念されることもあります。NSKの技術で騒音は減っていますが、これもムダなものと決めつけていいのでしょうか。もし技術がもっと進化したら、山間部では風車の騒音を変換して害獣を近くの人里に寄せ付けないようにしたり、海岸の養殖場では風車の音を使って魚を集めたり、さらに鯨やイルカが海岸に迷い込むのを防ぐことも可能になるかもしれません。

実際に役に立たないもの、ムダなものと言えば、ゴミの再活用が進んでいます。ゴミを焼却する過程で発生する熱を利用した温水プールや温浴施設が全国各地にあります。循環型経済が浸透し始め、リサイクルやリユースは当たり前になってきました。最近の若い世代はあまり使わないかもしれませんが、おがくずで掃除や消臭ができます。消しゴムを使う時に出るカスも、何かの役に立たないでしょうか。
技術の進歩は私たちの生活を便利に、快適にしてくれました。その過程で、なくなったもの、減ったものは少なくありません。コロナ禍では密集を避けるため、飲食店やイベント、美術館などで行列がなくなりました。IT(情報技術)を活用し、みんなが予約をすることで、決められた時間に行けば、目的を果たせるようになりました。行列というムダはなくなりましたが、一方で順番を待ちながらワクワクする気持ちは、味わえなくなりました。並びながら友人とあれこれ語り合う楽しみも、なくなりました。
皆さんの身の回りで、ムダに見えるもの、役に立っていないと思えるものが、きっとあるでしょう。ちょっと発想を変えて、そのムダを活用する方法を考えてみませんか。今は実現不可能な、夢のような発想でも、この先、技術が進化すれば、達成できるかもしれません。私たちがそのお手伝いをできたらうれしいです。日ごろ目を向けることが少ないムダに、ちょっと意識を向けてみてください。読者の皆さんのユニークな視点を期待しています。
編集委員から
技術の進歩は足し算の発想でした。より便利に、より快適にするため、今の機能にプラスしていく。その結果、手元のスマートフォンには使いこなせない機能が山のように搭載され、使い道のわからないアプリケーションが生まれ、インストールをせかします。
市井社長の見方がおもしろいのは、引き算の発想に基づいていることです。減らすこと、なくすことで便利になったもの、快適になったものは多い。そして、なくす過程で生まれた一見ムダに思えるものが、ひょっとしたら価値を持つかもしれません。
NSKの中核業務は摩擦を減らすことですが、摩擦は時に必要不可欠なものです。摩擦がなければクルマは止まれないし、投手のフォークボールも落ちません。ムダに思えるものは、これまで捨てていたものですから、いわば原価ゼロの資源です。これを活用し、何か新しい価値を生み出すことができたら、経済的な効果は大きい。減らすだけでなく、その減らしたものから何かを生み出す発想は貴重です。
(編集委員 鈴木亮)
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