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世界の変化と国際分業(2) 世界の工場となった中国

専修大学准教授 池部亮

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国内生産で十分な価格競争力を保持できた日本の輸出企業は、1985年のプラザ合意による円高で低コスト生産のための海外進出を余儀なくされました。日本の製造業はタイ、マレーシアなどの東南アジアに進出し、少し遅れて中国へも海外生産の場を広げるようになりました。

中国は比較生産費で見れば安価で良質な労働力が最大の魅力です。しかし、投資保護や経済関連法制の不備、共産党支配下の政治体制などは大きな不確実性でした...

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